25日
水曜日
観劇日記・10『恩寵のエクスピアシオン』劇団Please Mr.Maverick
『恩寵のエクスピアシオン』
劇団Please Mr.Maverick
シノハラ藝能事務所主催、SS-1グランプリ参加作品
作・演出/歳岡孝士
出演/室井実香 暁雅火 草野智博他
2012年1月15日観劇
於/シリウスビー(大山)
シノハラ藝能事務所が主催した短編演劇祭SS−1グランプリで
優勝、かつ脚本賞、演出賞、男優賞、女優賞すべてを独占した、
歳岡孝士率いる劇団Please Mr.Maverickの作品。30分の短編だから、
とスケールを小さくせず、思いっきり大きく、かつ重いテーマをぎゅっと
詰め込んだのが勝因、と見た。
30分ドラマの構成は、2時間のそれと全く異る。インパクトでぐい、と
押していかねばならない。そのためには、とにかく存在感のある俳優を
必要とする。ステージにライトがあたると、そこに立っているのは、
イスラムの(とは明言していないが)ジハードを闘っている一人の青年。
いま、彼はモスクを観光に来ていたアメリカ資本主義社会の堕落した連中を
人質にしたところである。彼等は死後の楽園を信じているから、死を怖れ
ない。優れた指導者のもと、神の使命を遂行することに、心からの喜び
と充実感を感じている、はずであった……。
この戦士、カシームを演ずるのが暁雅火。出てくるだけでその設定、
キャラクター、そして彼が内包している葛藤とこのあとの悲劇までをも
予想させ、つまり芝居のテーマ全てを表現仕切ってしまっている存在感の
すばらしさには、ちょっと総毛立つ思いすら抱かせられる。もちろん、
この劇団の座長・歳岡孝士の脚本と演出(それに音響と照明w)も
素晴らしいのだが、そのテーマをここまで表現し得る役者を得た幸運、
というものも大きく作用していることは間違いない。
しかし、その、人質の中に、天真爛漫な一人の女性がいた。彼女と出会い、
(戒律に叛いて)会話してしまったことで、神の恩寵を受けた戦士・
カシームの心に、ある変化が訪れる……。
作者の言葉によれば中東問題のニュースが次々マスコミに取り上げられる
現在の状況にかんがみて、あえて上演をすることにした、ということだが、
ともすれば時流におもねったテーマと言われかねず、また、宗教を変に扱う
とトラブルを引き起こしかねず、政治ネタは嫌悪する人たちもおり、下手を
すると古くさい左翼思想演劇、もしくは愛こそすべてといった通俗メロドラマに
堕してしまう危険性も充分にあるところを、お見事、という感じでクリアして、
なるほど、ここにこう持ってくるか、というカタストロフに収斂させ、しかも
最後に救いあるオチを付け加える。このラストは画竜点睛という感じだった。
人質・ミコ役の室井実香は女優賞受賞だけあってもちろん素晴らしい。雅火
くんの演技を、うまく受け止めてしかも返さず(ここ重要)、彼のとまどい
を増幅させているのは見事。指導者アサド役の草野智博の存在感はもとより
ベテランらしく抜群、無駄な部分が全くない。これまで見た暁雅火の演技は
ナイフのように鋭かったが、今回はじめて、その鋭い中に“可愛げ”が見え、
演技の幅を見せてくれた。これまで観ているマーベリックの舞台のうちで、
まさにベストの出来であるのは間違いない。30分という時間をここまで
無駄なく使った舞台はちょっとないだろう。
……これは逆を言えば、これまでのマーベリックの舞台に、どれもいささか
「無駄な部分が多い」
という印象を持っていた、ということでもある。いいものを持っているのだが
構成にやや、難がある、というのがこの劇団の、一般での総合評価だったのでは
ないか。ルナティック演劇祭で優勝したときの作品も、
「もうちょっと削って、その分磨けば……」
と思わせる部分がいくつかあった。
今回の優勝と、各賞の総ナメは順当な結果だったと思う。それだけに、次に
また二時間の芝居に戻ったとき、この緊張感、完成度を持続できるかという
大きな課題をマーベリックは背負わされている、と思って気をひきしめて
もらいたいと思う次第であります。
※それにしても、このグランプリにエントリーした三組の劇団中、
2組がルナティック演劇祭優勝チーム。狭い業界というか、優勝チーム
が他所でも活躍してくれているのは頼もしいというか。あとから
聞いたら、事情で不参加になったが、もう一劇団、ルナ演劇祭優勝
の劇団が参加を予定していたそうだ。こうなるともう、グランドチャンピオン
大会である(笑)。