裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

18日

水曜日

観劇日記・4『ラグナロク〜神々の黄昏』

『ラグナロク〜神々の黄昏〜』
Please Mr.Maverick第4回公演
作・演出/歳岡孝士
出演/ 暁雅火 天野奈美 新井穂奈美 鹿原明仁 草野智博
 妹尾果奈  諏訪康之 高橋真里枝 歳岡孝士 長野耕士
 室井俊介 湯口智行 横山朋也 渡辺真大 
2011年 10月15日
於/戸野廣浩司記念劇場

第4回『ルナティック演劇祭』で優勝した劇団『Please Mr. Maverick』
による、今度は第1回『TONOGEKI演劇祭』参加作品。
ちなみに、同じ参加劇団の中には、第1回ルナティック演劇祭で最優秀
演出賞を受賞した石動三六さんのいる『劇団玉の湯』も名を連ねている。狭い!

ルナティック演劇祭で優勝したのだから『Please Mr. Maverick』はお笑い
の劇団なのだろう、と思われると困る、という部分(あれはルナの演劇
祭で優勝するためにわざとギャグ芝居にしていたのだそうな)と、しかし
あの演劇祭からの流れで来てくれるお客さんもいるだろうから、という
配慮で、“まともな”悲劇的ストーリィと、ルナ風な“しょうもなっ!”
的ギャグが混在している。

主催の歳岡くんはちょっとそこを気にしていたようだが、大丈夫、
ほとんど気にならないし、逆に壮大な物語(なにしろラグナロクという
のは世界の破滅の物語だ)を小劇場で演じるときの、実際のスケールと
のギャップを気にならなくさせてくれるのが楽屋オチ的なギャグである。
つまり、役者たちが完全に芝居の中(北欧神話のストーリィの中)に
入ってしまい、まだ入り切れていない観客たちが、自分が置いてきぼり
にされているのではないか、と不安になるのを、ギャグが時々入ることで
「あ、われわれを忘れているわけではないんだ」
と再確認させてくれる、という、カンフル剤の役割を果たしてくれる
のである。

もちろん、それを繰り返すうちに、客は次第にギャグ抜きで、舞台に
入りこみ、役者と一体化し、神々と巨人たち、小人たち、そして人間
たちがからみあい、つむぎだす悲劇の中に巻き込まれていくのであるが。
喜劇→悲劇という流れは自然なコースであると思う。

まず、今回の舞台は集められた役者の取り合わせがいい。演劇祭から
おなじみの鹿原明仁(トール)、暁雅火(ロキ)、草野智博(巨人の
頭領フリュム)、そして歳岡くん自身の王弟ハーゲンはそれぞれハマっ
ていたが、ワークショップからスカウトしたという長野耕士のオーディン
が、意外な貫録で印象に残ったし、室井俊介のジークフリートも、
あまり器用な演技をしていないところがかえって純真な英雄ぽくて
ジークフリートに適役だった。女優陣も愛の女神フレア役の妹尾果奈、
ジークフリートと恋に落ちる王の婚約者ルーネ(グートルーネ)の
天野奈美など、それぞれ魅力的である。

しかし、それにも増して奇妙に印象に残るのが、ゴットランド王
グンターを演じる渡辺真大なのだな。彼は先に言ったギャグ担当であり、
いきなり登場シーンから野田総理のどじょう演説のパロディではじまって
笑いを取り、その後もずっと、策士ハーゲンに良いように利用されるバカ殿を
演じている。決して演技のうまい役者ではないと(失礼だが)思うし、
役として大きいわけではないのだが、それが場をかっさらっていってしまう。
小劇場演劇の面白さだろう。

もちろん、上手い役者はちゃんと上手いとわかる。
暁雅火くんのロキは演劇祭で見たキレ演技とはまた違った、抑えた狂気で
圧巻だったし、歳岡くんの策士役もハマり方が生半可でなかった。

……とはいえ、ストーリィがきちんとあって、役がハマればそれで完璧と
いうわけでもない。充分に楽しませてもらった上で言うと、
ワーグナーのオペラで有名なストーリィを、なんだかんだ省略・変更
しつつも通しでやっている(アルベリヒをカエルに変身させて捕える
ところや、アルベリヒの呪いも原作のまま)ので、それの縮小再生産、
というイメージがやや、感じられる。オペラを観に行けない
「貧乏人用のニーベルンゲン」
のイメージになってしまったとしたらちょっと残念。

ストーリィは概略を説明して済ませ、その中のある部分をスパンと
切りとり、そしてその切り口を見せる、という小劇場演劇ならではの
構成がもっとあれば、さらにそれぞれの役者や演出が光るだろうと
思うし、歳岡くんの才気ならそれが出来るはず、と思う。

やはりハーゲンとロキの演技対決がもっと観たかった、というのが
最終的な結論かな。
芝居を作っている者にとり、雅火くんのような達者な役者を抱えて
いられるということは、それこそジークフリートがバルムンクの剣
を得たに等しいのだから。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa