裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

火曜日

古い映画をみませんか・9 『柳生旅ごよみ 女難一刀流』

『柳生旅ごよみ 女難一刀流』松村昌治監督(1958)

柳生十兵衛が主人公の映画である。
だが、十兵衛は片目でもなく、武芸帳をめぐって争ったり、
魔界から甦った親と戦ったりはせず、公儀隠密ではあっても、
それを隠したりはしない。まして将軍の首をたたっ斬ったりする
アナキストではさらさらない。名乗るときは必ず
「将軍家剣術指南、柳生但馬守宗矩が一子柳生十兵衛」
と、親と権力の威光をカサにきるだけきた名乗りをして相手を
威圧する。二枚目の上に、剣の腕は滅法たって、それを隠したりも
しない。身分の高い、能力もあるお坊ちゃんなのだ(ただし、
柳生の嫡流なのに、ライバルの小野派一刀流の剣術を使う)。
酒は浴びるほど飲んでも決して酔わず、知りあう女という女に
惚れられる。
……どういうキャラクターだ、と思うところだが、これがいかにも
昔の東映らしい、主人公像なのですね。非の打ち所のない
スーパーマンというやつ。

お坊ちゃん育ちの十兵衛はぶらり旅に出るが、道中自分の名が
有名になりあちこちに偽物が出没していることを知る(これだけ
で隠密としちゃ失格だと思うが)。財布をとろうとした女スリを
つかまえるが、金に欲のない十兵衛はその女に財布を丸々渡して
しまい、一文無しとなる。しかしものに執着しない彼は駕籠屋の
二人をつれて茶屋で大盤振る舞い。支払いはたまたま通りかかった
松平伊豆守に押し付ける。

モテモテの十兵衛、三人の芸者に同時に言い寄られて逃げ出すが、
ひょんなことから自分の偽物(上田吉二郎)の弟子となって、
道場破りの旅に出ることになる。しかし師匠のニセ十兵衛は
宝蔵院流の槍の道場でボロを出し、代わりに本物の十兵衛が試合を
して始末をつける。それから、天狗様の人身御供にされかかった
村の娘を助けたり、呑気な道中を続けるうちに、羽鳥藩の殿様が、
村の若い娘を豊年祭にかこつけて召し出し、手をつけた上に命を
奪うという話を家臣の娘から聞き出す。悪家老が殿に乱行を
すすめ、わざとその悪評を幕府に漏らし、隠居させて側室に
生ませた子供(実は自分の子)にお家を継がせようという
目論見であることを、幕府に直訴しようとした家臣の娘・美乃
から聞いて知った十兵衛は、自分たちを助けてくれた山の兄妹
(これも悪家老に殺された家臣の子供)と美乃と共に豊年祭に
乗り込んで悪家老一味を退治し、殿様を改心させる(これまで
何年も、村娘をお手付きにして殺していたことはお咎めなし
らしい。殿様を演じるのは伊藤雄之助の実兄、沢村宗之助)。
殿様は十兵衛への感謝の席を設けるが、堅苦しいことが嫌いな
十兵衛は、書き置きを残してまた、気ままな旅に出るのであった。

監督の松村昌治と主演の大友柳太朗は同年に『快傑黒頭巾』
でスマッシュ・ヒットを飛ばしているが、本作はその大人版、
というおもむき。十兵衛の能天気な性格づけもさることながら、
行く先々で女に惚れられるというのがミソで、女スリ、お茶屋の
芸者、宿の女中、と次々に女の方から寄ってくる。本人は女好き
というわけではないので、いつも
「悪しからず、悪しからず」
と言っては逃げ出している(ラストの書き置きにもその文句が
書いてある)。後半になってくるとタネ切れになったか、
天狗を名乗る山賊にねらわれた若いカップルを助けたり、
押し掛けの弟子の結婚を後押ししたり、お家の大事を幕府に
直訴しようと男装して脱藩した家老の娘を助けたり、と、別に
女難じゃなくなってしまうがそこもご愛嬌。
しかし、いったいなんで柳生十兵衛を、ここまで能天気な
キャラとして登場させたのか。これは現代のわれわればかり
ではない、当時の観客もとまどったに違いないほど、世間の
イメージとは異った十兵衛だったのだ。

1958年というと、二年前に『週刊新潮』に連載されはじめた
五味康祐の小説『柳生武芸帳』が世間では大ブームを起こし、
洛陽の紙価を高からしめていた時期である。これまでの、講談
まがいのチャンバラ時代劇とはまるで性格を異にした、陰謀
うずまく大伝奇ロマンである。東映もチャンバラの老舗として
当然、映画化権の交渉にかかったと思うが無念や、権利は
ライバルの東宝に奪われ、1957年に稲垣浩監督で公開され
(主演は三船敏郎、十兵衛役は戸上城太郎)大ヒット。
扼腕した東映でも、それに追随はしたいものの、東宝の真似を
したとは言われたくないものだから、チャンバラの東映の
伝統で勝負しよう、と、向こうとは全く異った、明朗快活な
こういう柳生十兵衛をクリエイトした……のではあるまいか。

雪代敬子、楠トシエ、花園ひろみ、円山栄子、大川恵子、
丘さとみ、山東昭子、桜町弘子、月笛好子、小宮光江……と、
ずらり十人もの美女を並べたキャスティングがある意味一番の
見どころかもしれないが、東映の誇るお姫さま女優たちも、
こう並ぶとよく見分けがつかなくなる。山東昭子なんてどこに
出てたかしらん。唯一人美人ではないながら、冒頭の方に芸者役
で出て達者な歌を披露してくれる楠トシエ(『ひょっこり
ひょうたん島』のサンデー先生役になるのはこの6年後)と、
ニセ十兵衛の金めあてで情婦になる色っぽい女スリの雪代敬子、
りりしい男装の桜町弘子、それと銃で撃たれ傷ついた十兵衛を
救う山の兄妹(『仮面の忍者赤影』にそっくりな設定があった
なあ)の妹で、日本人離れしたセミヌードをおがませてくれる
小宮光江の四人がまず、印象に残る。小宮光江はファッションモデル
出身で当時東映を代表する肉体派女優として売りだしていたが、
張本勲や力道山などと浮名を流し、昭和37年、ガス自殺
している。

60年安保を目前に、日本のヒーロー像は、かつての単純明快な
ものから複雑なものへと変貌しつつあった。『柳生武芸帳』が
ヒットしたのも、それが極めて明晰ならざる複雑なストーリィを
持ち、いずれが正義とも悪とも判断できぬ“現代性“を持って
いたからである。それへの、例えアンチテーゼだったにしても、
この明朗快活な柳生十兵衛像はあまりに能天気に過ぎた。
小説を読んでいた観客が一番混乱したことだろう。東映も
これではいかんと思ったか、近衛十四郎を(片目の)十兵衛に
キャスティングしなおして、『柳生武芸帳シリーズ』を新たに
制作し、これは東映チャンバラ時代劇のひとつの頂点とも
評価されることになるが、時代はすでに東宝の黒澤明監督作品
『用心棒』のリアリズムがもてはやされるように変化しており、
チャンバラ王国・東映は黄金時代の終焉を迎える。そういう意味
でこの『女難一刀流』は、明朗闊達を前面に押し出した東映
時代劇の末期の花、と言える作品かもしれない。『用心棒』の
続編の『椿三十郎』の終盤がこの作品に似ているのは、まあ
偶然の一致だろう……。

当時東映京都で時代劇映画の監督をしていた平山亨(松村昌司
の義弟。この作品で女優の剣技指導で手伝っているそうだ)は、
「僕ら若手が東映の上層部に“このままじゃダメだ”と、社会性
を持った時代劇を作るように働きかけて、変革をはからせたんだ。
でも、それは結果的に日本人の時代劇離れを呼んでしまった。
もう少し時間をかけて結果を見れば東映の明朗時代劇というもの
にも、ちゃんとニーズがあったことがわかったのかもしれないなあ」
と言っている。確かに、この大友十兵衛は、キャラクターも
ストーリィも、現代性という観点から見ればまず、お話に
ならない幼稚なレベルではあるのだが、見終ったあと、どこかに
強烈な懐しさと楽しさが湧いてくるのである。
その後、70年代に入り、われわれがいい年齢をして、平山の
プロデュースした『仮面ライダー』をはじめとするヒーローもの
に熱中したのも、それが失われた東映明朗活劇時代劇の、形を
変えた再生産だったからなのかもしれない。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa