裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

4日

水曜日

観劇日記・24『農業少女』(アシカツ)

『農業少女』
アシカツ第6回公演
脚本:野田秀樹
演出:添野豪
出演:尾神明日香 星野恵亮 市森正洋 さかい蜜柑
於:dー倉庫
2012年3月29日(Bチーム初日)観劇

野田秀樹の作品にこだわり、2004年の結成以来上演を続けている劇団
『アシカツ』(アシカツとは「明日カツ丼」の略だそうな)。
TPP問題で日本農業が変革を余儀なくされる今日(だからなのかはしらないが)、
今回は野田秀樹が農業をテーマに2000年に書き下ろした戯曲を上演。

公演はAB両チームに別れて行われ、主催者の添野豪氏とは以前から顔を見知って
いるのだが、今回は添野氏が出演するAチームではなく、トツゲキ倶楽部で
共演した市森正洋くんの出演するBチームを観劇。

農家に生まれた主人公・百子が東京にあこがれて上京。原宿の路上でたむろする
ヒッピーの仲間に入るが、やがて状況は二転三転、いつしか百子は不登校の
女の子たちによるボランティア農業のリーダーとなる。しかし、その背後には、
彼女たちを利用して政界進出をたくらむ男、ツツミ(都罪)の野望があった。
百子を一途に愛する毒草研究家の山本は彼女を救い出そうとするが……。

長ゼリと絶え間なくくるくる変わる状況、次から次へと持ち出されるキーワード、
2000年当時、文字通り時代の最先端を行っていた野田秀樹らしい芝居であり、
百子を演じる尾神明日香や都罪役(主に)で存在感を見せる市森正洋の熱演も、
観ていて心地よい。

ただ、12年の歳月を経て改めて、都会と農家の対比構造や、少女というイコン
の純粋性というものを作劇の中心においているあたりで、野田秀樹の芝居という
ものを、当時は斬新性一辺倒で評価していたのだが、実は時間というものに洗われ
てみると、案外クラシカルな価値観に主軸をおいて構成されていたんだなあ、
ということが見えてくるのを感じた。そして、その初演時と現在のタイムラグを
律義に変えずにやっている演出に好感
を覚える。

演技では、やはり市森正洋が際立っている。何役も演じるのだが、最初の、何を
考えているかわからないヌーボーとしたキャラクター(彼個人のもの)が、
次第にカリスマ的な指導者になっていくあたりがワクワクする感じだった。
観たのがこのBチームの初日だったので、まだ手探り状態だったと思う。
もう少し手に入ってからならもっと見ごたえがあったはず。

……しかし、何と言ってもこの舞台で印象に残ったのは、照明効果だった
(森規幸、鈴木麻仁)。ラスト近く、自分が飢えた稲田の中での百子のセリフの
シーンで、劇場全体がセピア色になり、百子も稲も、色を失う。その、セピアの
光が薄れていくにつれ、色を無くしいていた稲に緑が戻ってくる……。
案の定、芝居が終ってロビーに出たら、役者さんをつかまえて、照明について
驚きの声を上げているお客さんが何人もいた。幸い、主催の添野さんと話せた
ので、同じことを訊いたら、トンネルの照明に使われているナトリウムランプを
使っている
とのこと。ナトリウムランプは演色性が悪い(自然光下での色の区別
が無くなってしまう)のが欠点とされるが、それを逆手にとり、映画の中での
モノクロシーンのような演出を舞台で可能にしている(かなり予算もかかった
らしいが)。うーむ、自分で舞台を演出する身として、これはいつか是非
使ってみたい効果だなあ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa