27日
月曜日
観劇日記・18『一握の紲』(集団as if〜)
『一握の紲』
集団as if〜 第11回公演
作・演出/藤丸亮
出演/倉林美貴 山本恵太郎 山田亮 歳岡孝士 真咲郁 北山恭祐 河野隼人
上田恒平 平田枝里子 大久保悠依 尚木奈央 重野祐輝 こんのさおり
沢田はな 笠井陽介 千葉円香 金子健太朗 小林ゆり
於/大塚萬劇場
2012年2月23日ソワレ観劇
現在の小劇団演劇のメインストリームは、
「笑えて、ちょっと泣けて、ラストはハッピー。お客さんが気分良く家路に
つける芝居」
という感じの芝居だが、藤丸亮率いる集団as i〜fは、そういう流れに
まっこうから異議を唱え、救いのないバッド・エンド芝居を“ネガティブコメディ”と
銘打って送り続けているユニークな劇団だ。コメディ(喜劇)であって、
トラジディ(悲劇)ではないところに主眼があるのだろう。トラジディは
主人公が幸せにならない芝居であるが、ここのネガティブコメディは、
主人公が積極的に“不幸になる”芝居だ。笑ってしまうまでに、主人公が
徹底して悲惨な目にあって終るのである。
2009年10月に『ルナティック演劇祭』で優勝した『幸せの刻』、
同年12月の公演『生の瑕疵』に次いでの3回目の観劇だが、まだ3本目
ながら、ここの常連であるかのような気分になった。つまり、アズイフ調、
藤丸調というべきストーリィ展開の先が予感でき、
「あ、ここで終ればハッピーになるのに」
と、観ていてハラハラし、
「行くな、それ以上話を進めるな!」
と舞台に向って叫びたくなるような、“単なる観客でしかない自分の無力さ”
を徹底して味わうという、いささかマゾヒスティックな感覚である。
近未来の日本(ぽいどこか)、刑法は改定され、どんな微罪でも死刑、
しかもその処刑は近親者の手によって執行されるという法律が出来た。
執行者である家族の右腕には目印として、死ぬまで外すことの出来ない
黒い腕輪がはめられる。自分を守るため飲んだくれの父を殺した罪で、
実の母親を処刑した過去を持つ世莉は、同じコンビニのバイト仲間である
恵太郎と、天体観測の趣味を通して知り合い、互いに恋心を抱きはじめる。
一方、妹の香奈は不良になって、権力者の息子、天龍寺道徳とつきあい
はじめるが……。というのが話の骨子。かなり無理があるというかラフな
設定であるが、そういうことを感じさせずに最後まで見せてしまうあたりが
力量である。
テーマがテーマ、時期が時期だけに、昨今の光市殺人事件の死刑判決などに
からめた社会風刺が含まれてはいるのだろうが、as if〜の主眼はそんな社会
などにはないだろう。死刑制度云々というような、凡百の劇団が飛びつくような
テーマはさっさと放り投げられて、ストーリィはひたすら、主人公たち、
「通常なら幸せをつかんでいい、その権利のある」
男女が、いかに不幸の淵に沈んでいくか、に収斂されていく。
この2年ばかりここの芝居に足を向けていなかったのは、(活動をやや
縮小させていたということもあるが)、『生の瑕疵』の、あまりの
救いのないラストにやや、ヘキエキしたせいもある(いや、その戦略には
大いに感心し、主催の藤丸くんには「あなた、このままやっていけば
天下とれるかもしれませんよ」と話したのだが)。私自身ちょっと鬱々
していた時期ということもあり、わざわざ暗い気分になるために劇場に
足を運ぶ気にならなかったのだ。
しかし、今回久しぶりに観て、そのトラジカルな部分と、コメディの部分
がいい具合にバランスが取れてきている、と感じた。
コメディリリーフとして置かれている山田亮のコンビニ店長などが、
ドス黒さ一辺倒になりがちな舞台をやわらげているし、ここの芝居の特長
として必ず途中にはさまるインプロ(開演前にお客に書いてもらったメモを
アドリブで芝居に取り入れる)も、今回が一番効果的に使われていた。
それから、劇団Please Mr. Maverickの歳岡孝士が客演で、一番のワルの
天龍寺道徳を演じているのだが、彼のワル演技が一種ツキヌケているので
ドロドロとしたイヤらしさがない。そして何より、今回はヒロイン・世莉が
悲しみにくれはするが、最後まで美しい心を保って終る。as if〜の芝居は、
そこまで泥足で踏みにじることがある(今回も主人公の恵太郎が最後の最後
でそうなる)ので油断できないのである。
技術的に言えば音楽の使い方が非常に印象的で、また、垂れ幕ばかりで
構成されている舞台装置がラストで全貌を表すところも工夫されていた。
ラストと言えばヒロインを演じた倉林美貴が、上演中のほとんどを、髪を
垂らして顔を隠した暗い感じで通しているのだが、ラストで花嫁衣装に
なったとき、その美人なのに驚いた。ぜいたくな使い方をすることである(笑)。
観ていてガツンとくる舞台だったが、ただし、上に書いたように、ネガティブ
コメディという特殊なジャンル故に、話の展開の先がよみやすく、かつ、
ギリシア悲劇的な、最初から神に定められている悲劇的運命という骨太な
イメージよりは、
「無理して主人公を不幸にしようとしている」
部分が見えてしまう、という脆さも合わせ持っている。
そこを開き直って、マンネリだって個性だ、と押し通せるか、あるいは
いくつかのバリエーションを出していくか、今年で結成5年目、そろそろ
この劇団はそこらを考える時期に来ているような気がする。