裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

火曜日

肥大なる総書記閣下

 日本からの支援のコメを食ってデブデブと。朝、7時半起床。外は雨。雨の日はひたすら眠い。朝食のベルで起きる。サラダ、スープ、ゴールデンキウイ。食べてから 風呂。遅れたし、雨足強いし、と、タクシーで渋谷まで。

 雨で道が空いていて、案外スイスイと仕事場に。ところが、こちらもウッカリしていて、サイフに一万円札しか入っていない。さっきも一万円の客が乗ったそうで、釣りがないという。仕方なく、マンション前の坂を下りてもらい、そこのスターバックコーヒーに飛び込んで、ドーナツ一個買って崩してもらう。さて、このドーナツをど うしたものか。

 と学会例会が近いので、その関連での連絡事項ちょっと。それから書き下ろし本の原稿、これがかなりの枚数になったので、少し整理。しかし雨でアタマが働かず。どういうメカニズムなのか、これ。もっとも、一時のような、ピクとも体動かず、バッタリ倒れ込むようなことはなくなった。昨日の日記のつけ忘れ。郵便受けをのぞいてコミケの当選通知を取り出していたのだが、そのときエレベーターから降りてきた、同じマンションの住人らしい、小柄なサラリーマン風の人が、やはり郵便受けをのぞいて、うれしそうに、これまた同じ当選通知の封筒を取り出していた。見ようと思えばオタクっぽく見えないことはないが、ごくごく普通の一般サラリーマンである。一体何のブースを出しているのか、聞いてみたいと思ったが、やはりそれは、と躊躇してしまったのは、エロロリやショタだったりしたらやはり答えるのをためらうであろ うなあ、と思ってのこと。

 11時に早めだが弁当使う。アブラゲと菜の煮付け、鮭焼き浸し。太田出版HさんからMLに報告、『トンデモ本の世界S/T』の二冊とも、増刷決定。発売一週間で増刷とは当時なかなかの好成績。一週間で増刷決定ということは、増刷の声はほとんど発売当日のPOSデータでかかったということである。初動がいかに大きかったかということ(もちろん、その後の推移も順調だというデータが後追いで出ている)。と学会創立以来12年、まだ商品価値が落ちてないというのは嬉しい。

 1時、家を出て、山手線で池袋まで。東京芸術劇場中ホールにおいて、『京劇・西遊記/孫悟空三打白骨精』観賞。平日昼間ということで、ホール前に集まっているのはほとんど老人夫婦みたいな客ばかり。テレビでは見ているし、ビデオも持ってはいるが、生の京劇を見るのは初めて。昔、田畑書店の『中国の劇画(連環画)』という本を買ったとき、『白毛女』『東郭先生』などの作品と共に、この『三打白骨精』が収められていた。白毛女は有名な革命バレーだが、『東郭先生』と『三打白骨精』は同じテーマで、インテリ(三蔵法師、東郭先生)は、教養に起因する博愛主義、平和主義に目を曇らされており、プロレタリア戦士たちの悪を見出す直感にはかなわない のだ、という話なのである。
「本書は、我が国の神話小説『西遊記』の中から関係各章を改編して、仏教経典を求める唐僧を護衛してインドへ行く途中に孫悟空が人を食う妖怪白骨精を討ち滅ぼすという物語を描いたものである。白骨精は三度化けて唐僧を惑わすが、そのつど孫悟空に見破られてしまう。唐僧は妖怪のペテンにひっかって、真偽を見分けられず、人間と妖怪をあべこべに受け取り、危うく命を落としそうになるが、最後にはこの事実の前に教育されることになる。この物語は、愛憎の区別をはっきりさせ、妖怪に出会えばすかさず闘い、機知に富み、勇敢であり、しかも不撓不屈の精神を持つ孫悟空を褒め称えている」(解説より)
 この思想が露骨なところが、読んでまことに奇異で面白く、うちの弟(なをき)などはこの作品を自分のフェイバリットにして、その後何度もパロディしている。

 まあ、そんな劇であるから、京劇独特の体技や歌唱には興味はひかれるが、ドラマ性とかを期待はせず。前半は白骨精役の張慧芳の美しさばかり見ていた。ヒロインが徹底した悪役というのも、全演劇中で珍しい部類に属するのではないか。雨の(池袋に着いたときにはあがっていたけれど)せいもあり、眠くなって眠くなって参ってしまう。おとついうわの空で誕生祝いに貰った扇子でバタバタ風を顔に当ててなんとか眠気を防ぐ。休息をはさんだ後半、白骨洞の妖怪たちと悟空が戦うシーンではさすがに目が覚める。見事なもの。ただ、本場中国の人たちと日本人は見るところが違うらしく、エキストラたちの連続トンボなどに拍手する日本の観客に、前の席の中国人の客が苦笑していた。演技的には白骨精の母親、金蟾大仙を演じた汪永龍が達者。主演の程和平のクライマックスでの、刀の抜き身を放り投げて、空中で鞘にカチャンと収める芸は、三度失敗して四度目に成功していたが、あの失敗は演出なのか、本当に失敗しているのか。ラストで悟空・八戒、沙悟浄に追いつめられた白骨精は、“お坊さま、助けて!”と三蔵に最後の情けを求めるが、三蔵は顔を背けて良心を押し殺しながら、弟子たちに“殺せ!”と命じ、あわれ彼女は打ち殺される。そこらへんが見所なんだが↓やはり最近の日本での紹介では全然、そこに触れていない。いいのかね?
http://www.cul-cha.com/intv/backnm/saiyuuki01.htm

 見終わって、そこから新宿に直行。6時から、厚生年金会館ホールで劇団☆新感線『髑髏城の七人』を開田夫妻と観賞。映画ではよくあるが、舞台のハシゴというのは初めての経験である。開田さん夫妻と入り口前で落ち合う。厚生年金会館、階段のところに電飾があってペカペカペカと安っぽく光っているところが実にどうも。内部は 豪華なもの、なのだが。

 鼻炎持ちのあやさんが悲鳴を上げて何度も鼻をかんでいた。場内に、照明効果を高めるためのスモークが朦々と焚かれている。端の方の席はけぶって見えないような状態。これも、天井が高く客席が広く、このあいだの銀座小劇場のときに書いたギュウ詰めによる精神高揚効果があまり期待できない会場で、客に身動きを取らせないための、ひとつの計算なのであろう。開演前にヘビメタを大音量で流して、客たちの感覚リズムを無理矢理に合一させてしまうのも、レポールをかけやすくするための演出で ある。それにしても、客層が若い女性ばかりになった。

 今回の舞台は新感線の古田新太入団20周年記念作品であるらしい。新感線が積極的に他の劇団や歌舞伎界、アイドル系などからのゲストを導入して、劇団員同士の仲良し芝居に陥らないように緊張感を保っていることは大いに評価したいけれど、やはり、ゲストは常識的に“立て”なくてはならず、古田氏や橋本氏といった芸達者さんたちが助演に回ることへの欲求不満があった。今回は誰はばかることのない主役芝居で、生き生きと暴れ回っており、それだけで満足。とはいえ、粟根まことや逆木圭一 郎氏が参加していないのは悲しい。

 休息時間に、あやさんが“お腹が減った”と売店に並んでいたので、“これでよければ”と、朝スタバで買ったドーナツをあげると喜んでいた。よかった、食べ物をムダにしないで済んだ。前半がやけに早く進行して休憩となったので、今回は上演を短く摘んだのか、と思ったが後半が長い。おまけに濃い。それにしても中島かずきの脚本は毎回感心するくらいに裏切り、改心、仮の姿、ドンデン返しといった定番をうまく組み合わせている。前にも書いたが、このドンデン返しはよほど定番の処理を心得ていないと、単なる観客をバカにしたストーリィになってしまうのだが、そこらへんでいつも中島作品は綱渡りのアクロバットを見せている。なるほど、ドンデンさえ入れればいいのかとカン違いして、悪影響受けた作品も多いことと思うが。

 ところでこの『髑髏城』もそうだし、『LOST SEVEN』のときもそうだったが、“大きなドラマの後日談”という設定のときに、中島脚本は一番光るような気がする。『LOST SEVEN』は白雪姫を守った七人の戦士の、それからの物語だし、『髑髏城』は本能寺の変で生き残った者たちの、夢よもう一度的な話だ。これは、世代的に、高度経済成長期という“日本が一番面白かった時代”に生を受けながらも、あこがれていた大人たちのノリにやっと追いつける年齢になった、と思ったらストンとそれが終わってしまい、スカを食わされた世代である中島かずき(1959年生まれ)の、“乗り遅れた世代”としてのメッセージなのではないだろうか。同世 代として(私がひとつ上だが)そう感じている。

 芝居が終わっての出演俳優たちのコールの際、水野真紀が走ってきて、ズデッと転んでいた。退場のとき足をちょっと痛そうに引きずっていたが、大丈夫だろうか。格闘シーンなどのアクロバットも、昼間観た京劇以上に完璧にやっていただけに、この本番が終わっての気のゆるみからきたものだろうアクシデントに、ちょっと興奮してしまう。私は舞台というのはアクシデントの集積と思っている人間なのだ。だから、効果音ひとつに到るまで完璧に計算されて入っている新感線の舞台(演出のいのうえさんに言わせれば“そんなことない、アクシデントの連続だ”と言うことだろうが、まあ観客席から観ると、端々まで完璧な計算づくに見えるのだ)に、大感心したその 上で、ちょっと不満もいつも感じているのである。

 最初のカーテンコール時点で9時10分。ここのカーテンコールは長いので有名。今日はK子に9時半には帰ると明言してしまっているので、開田さんたちに謝って、そこらで先においとまをする。タクシーで新中野まで。家で再度送られたアスパラの会。I矢、S山の常連さん二人が、K子と一時間前から盛り上がっていた。茹でアスパラ、グラタン、ピータン豆腐など食べつつ、雑談。エアロバイクを購入する予定なのだが、I矢くんが異を唱えて、あれで消費されるカロリーなど微々たるものだ、と言う。いや、カロリー消費ではなく、下腹と股の引き締めが目的なのである。お客持参のワインと日本酒で、酔いっぷりだけはすぐ追いつく。料理の〆メは蕎麦。鴨肉を入れた鴨南蛮で、堪能。

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