裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

火曜日

古い映画を見ませんか・32『Mr. Moto's Last Warning』(1939)

もう一本、ミスター・モトでつなぐ。

この『Mr. Moto's Last Warning』はモト・シリーズの中では配役が豪華で、『駅馬車』のジョン・キャラダイン、『光る眼』のジョージ・サンダースが出演しているが、キャスティングでモトのローレの次に来ているのは二枚目のリカルド・コルテス(写真)。

もともとオーストリア系のユダヤ人でニューヨークっ子、本名ジェイコブ・クランツだった彼は、その甘いマスクを第二のバレンチノとして売り出そうとした映画会社により、スペイン出身ということにされ、名前もそれっぽいリカルド・コルテスに変えられた。ピーター・ローレもハンガリー生まれなのに日本人役をつとめているが、誰も彼を本物の日本人とは思わない。しかし、リカルド・コルテスは1960年代までに数十本の映画にスペイン人俳優として出演し(その中にはグレタ・ガルボの第一回ハリウッド出演作の相手役もある)、スクリーンを見る者だれもが彼をスペイン人と思って疑わなかった。ここらへん、ミステリ映画に出演するのにぴったりのミステリアス人生である(さすがにそういうフェイクが嫌になったか60年代で引退、ニューヨークに戻って株の仕事をはじめ、成功して優雅な余生を送ったとのこと)。

さて、今回のミスター・モトは骨董屋の主人になりすましているが、国際的犯罪組織の暗躍を追って、スエズ運河にまで出張する。彼らはフランスの観光船を爆破して、それをイギリスのスパイのせいにし、英仏間に戦争を起こそうとたくらんでいるのである。その犯罪組織というのが、きちんと言及してこそいないが、仲間うちの目印に使っているのが鉄十字であることから、ドイツを意味しているのはあきらかである。1930年代最末期、ハリウッドではドイツの陰謀を日本人諜報部員が阻止するというストーリィが成立していたのだ。

わずかこの三年後に真珠湾が攻撃される。そりゃ、アメリカ人が裏切りだ卑劣だと怒るのも無理ないことかもしれない。私は真珠湾攻撃を、ハル・ノートによる日本への締めつけに対する万やむを得ぬ反撃だったと評価する。国家的にはそうであったにせよ、その後のアメリカの大衆レベルにおける日本への評価の劇的低下には、文化的に惜しすぎる、と思わないわけにいかない。

ジョン・キャラダインは途中で潜水球に閉じこめられ、海底に沈められてしまうイギリスのスパイ役。ジョージ・サンダースは犯罪組織の一人。サンダースは翌年、この作品の脚本を担当したフィリップ・マクドナルドとまた一緒に仕事をする。ヒッチコックの『レベッカ』である(マクドナルドは翻案を担当)。

・・・・・・ところでこのモト・シリーズ、以前から見たくて仕方なかった作品であり、VHSも海外旅行した際に何本か購入したのだが、私の英語ヒアリング能力ではさっぱりストーリィがわからず、放擲していた。それが今回、DVDで買ったことで鑑賞できるようになったのは、DVDには英語字幕がついているからである(効果音の説明まであるのは、たぶんこの字幕が聴覚障害者のためのものだからだろう)。これが極めてありがたい。これがついていさえすれば、これまで観たくて、言語の壁であきらめていた作品も見放題である。

怪奇映画、ミステリ映画という分野では、日本未公開の作品が山ほどある。ことにフィルム・ノワールと呼ばれる30〜40年代のB級ミステリを愛する私にとって、それはまだ足を踏み入れぬ宝の山だ。しかもUSAやUKのAmazonを使えば、それが早ければ半月かからず手元に届く。いい時代になったと身にしみて思う。もっとも、ますます新作映画から遠ざかることになるが・・・・・・。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa