裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

火曜日

古い映画を見ませんか・29『肉の蝋人形』(1933)

フェイ・レイつながりで、『キング・コング』と同年のこのホラーを見た。

コングはモノクロだったが、この映画はテクニカラー。おまけに監督が後に『カサブランカ』でアカデミー賞を受賞するマイケル・カーティス。確かに映画自体もなかなかよく出来ている・・・・・・が。

肝心のフェイ・レイがパッとしないんですなあ。

ライオネル・アトウィルの怪人に襲われて、例の悲鳴もちゃんとあげ、アワヤな露出度(当時としては)で溶けた熱蝋を浴びせられ、蝋人形にされるか、というハラハラシーンもあるのだけれど、女性としての魅力は『キング・コング』に遠く及ばない。

これは、ヒロインのキャラを二分割して、襲われる方をレイに、事件の秘密に迫っていく方を女性記者役のグレンダ・ファレルに担当させた脚本(ドン・マラリー、カール・エリクソン)の失敗だろう。事件の謎にグレンダ・ファレル(役名もいさましいフローレンス・デンプシー。確かに拳闘でもしそうな顔をしている)がいくら迫っても襲われず、美貌のレイばかりが狙われるというのでは客は全く共感のしどころがない。

美人のくせに好奇心旺盛、いろんなところに首を突っ込んでいって、おいおい、よせよせ、後ろ後ろ、と観客がハラハラするというのがこういう映画での真のヒロインの役どころなのに、である。

美人女性が敏腕記者、というのは33年当時ではリアリティがなかったのかもしれない。グレンダ・ファレルも不美人ではないのだが、飲んだくれの男まさりとして描かれているのは時代の制約か。美人女性敏腕記者、というキャラは1940年の『ヒズ・ガール・フライデー』(ハワード・ホークス監督。原作では男性のキャラを映画化するにあたって女性にし、ロザリンド・ラッセルが演じた)あたりが嚆矢であり、それを(多分)モデルにしてフライシャー兄弟のアニメ『スーパーマン』(1940年代)では、ロイス・レーンがお転婆女性記者として、そのハラハラ設定がしつこいくらい使われるようになる。

このように、本来一人に収斂させるべきキャラを二分割してしまっている一方、この映画のキャラが後に分割されたのがライオネル・アトウィル演ずる蝋人形製作者。彼の名前がイワン・イゴール。事件の発端が1921年で、彼は5年前のロシア革命でロンドンに亡命してきた美術家、という設定になっている。だからロシア名前のイゴールなのだ。

このキャラクター設定は現在このタイトルでポピュラーとなっている1953年のリメイク版ではカットされ、蝋人形製作者(ビンセント・プライス)はヘンリー・ジャロッド教授という名前に変更、イゴールは彼の聾唖者の召使(チャールズ・ブチンスキー、後のチャールズ・ブロンソン演)の名前になっている。たぶん、ベラ・ルゴシが1939年に『フランケンシュタイン復活』で演じた怪人、イゴールのイメージが強烈で、イゴールは怪人ではなくその従者、という認識がホラーファンの間に生まれてしまったからだろう。

とはいえ、ルゴシが演じたのは従者ではなく怪物と共に暮していた元死刑囚。逆にフランケンシュタイン博士を脅迫する方の役柄である。後のパロディ『ヤング・フランケンシュタイン』(1974)などでイゴールが博士の助手、という設定がその後定番になったのは、この53年版『肉の蝋人形』で、教授の助手の名前がイゴールだったところから広まった誤解ではないだろうか。

ちなみに、女性が本来男性の職場に進出して活躍しはじめるのは、実は第二次世界大戦で男性が軍隊に持っていかれたその結果なのですね。だからキャリア・ウーマン映画は40年代に入って急に目立つようになる。女性運動家は戦争反対をよく叫ぶが、自分たちの社会参画の機会を作ってくれたのが実は戦争である、という事実はあまり認めようとしない。

さらにちなみに、イゴールの他にもう一人、『復活』には後に定番名前となるキャラがいて、それが執事のベンソン(エドガー・ノートン)。何故か執事・召使の定番名前となるベンソンは、使われまくったあげく『名探偵登場』(1976)でベンソンマム(ベンソンと申します、奥様)という珍名キャラとしてパロディされ、『ミスターベンソン』(1979)という、執事を主人公にしたテレビドラマ(『SOAP』の続編)まで作られた。

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