22日
火曜日
古い映画を見ませんか・28 『「キング・コング」を書いた女性』
このコーナーも久々に再開。
「飛行機じゃない、美女が彼を殺したんだ」
映画史上に残る名セリフ、『キング・コング』(1933)のラストのそれであるが、このセリフを書いたのが女性であることはあまり知られていない。ルース・ローズ当時37歳。この映画のプロデューサーの一人であるアーネスト・B・シュドサック夫人である。
この映画の脚本は、最初原作者のエドガー・ウォーレスが書く予定だったが、映画の前年に死去。製作者のシュドサックはベテラン脚本家のジェームズ・クリールマンに執筆を依頼したが、出来上がってきた脚本は冗長で、緊迫感に欠けるものだった。そこでシュドサックは、この脚本のリライトを、妻のルースにまかせることにする。
もともとシュドサックとルースは、ニューヨークの動物学協会で知り合って、ガラパゴスの記録映画などを一緒に制作しているうちに恋に落ち、結婚した仲だった。つまりは、この映画で上記のセリフを最後にしゃべるジャングル映画製作者、カール・デナム(ロバート・アームストロング)と同じような立場だったのだ。なるほど、ヒーロー役のジョン・ドリスコル(ブルース・キャボット)よりデナムの方がいきいきと描かれているわけだ(実際、続編の『コングの復讐』ではドリスコルは出て来ず、デナムの方が主人公になっている)。彼女自身は、あくまでドリスコルの方が夫をモデルにしたキャラクターだと主張していたのが微笑ましいが。
ともかく、娯楽映画の脚本には素人(ただし父が舞台作家)のルースの参入で、この作品の登場人物にはみな、いきいきとした血が通い始める。この作品が、それ以降作られた凡百のカイジュウものと決定的に異るのは、そこに恋愛の要素が入っているためである。ドリスコルとではない、ヒロイン(フェイ・レイ演ずるアン・ダロウ)と真の主人公、キング・コングとの。もちろん、その要素はウォーレスの原作にすでにあるものだが、しかし、この映画最大のポイントである上記のセリフを書いたということで、このテーマを前面に押し出した最大の功績は彼女に与えられてしかるべきだろう。
恋愛を描くと男性作家の筆はどうしてもべたべたになりがちだが、彼女の目はシビアである。この恋愛が、究極の一方向性のものであることを示し、そこから生じる悲劇をここまで徹底して描いたことは特筆されるべきだろう。後のリメイク・続編群(彼女自身の書いたものも含め)がこのオリジナルに及びもつかないのはそこだ。男は、どうしても、男の一途な恋愛を、その一部であっても成就させてやりたくなる。女性の感性は、そこを拒否する。どんなに彼女を恐竜どもから守ってやっても、つくしても、アンはコングに優しい目を一瞥だに与えない。仕方がない。種族が違う、住む世界が違う、スケールが違う。もともと、成就する可能性の一片もない、コングの方からの全く我が身をわきまえない身勝手な恋愛なのだ。しかし、男は、それでも恋をしてしまう。そこに悲劇が生まれる。現代人には理解しにくいかもしれないが、まだ身分制、人種差別などが歴として残っていた時代に生を受けたルースには、その「許されない恋」の感覚がよくわかっていたのだろう。
彼女は『キング・コング』が大ヒットした後、その続編『コングの復讐』、『猿人ジョー・ヤング』、それに大作『ポンペイ最後の日』など、夫のプロデュースする映画の脚本を書いたが、40年代末を最後にその筆を折った。夫との中に生まれた一粒だねで、重い脳性マヒを患っていた息子の介護に全力を傾けるためだったそうだ。その子はコング映画の数年前に生まれている。言葉によって愛情を伝えられない、そんな存在に対し、『コングの復讐』『猿人ジョー・ヤング』と、その目がだんだん優しくなっていくのは、彼女が次第に女性の目から母親の目になっていったためかもしれない。