裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

5日

土曜日

観劇日記・29『オクトの樹』

『オクトの樹』
製作/有限会社La・Moon
主催/雑司ヶ谷 鬼子母神武芳稲荷 紬の会
原作・脚本/有里紅良
演出・音楽監督・歌唱指導/石原慎一
キャラクターデザイン/夢来鳥 ねむ
音楽/MARS
振付/Lise KAZOO

出演/佐藤 歩 神睦高(妹尾プロダクション) 津村英哲(スターダス
・21) 佐原 弘起 平田 絵里子(アクセント) 佐藤朱(青二プロダク
ション) 原嶋あかり(青二プロダクション) 谷口 洋行 那珂村タカコ
(劇団ヘロヘロQカムパニー) KAZOO(迦琉真PROJECT) 
三廻部結衣 ロバート・ウォーターマン(ういなぁエンタテイメント)
中村 拓未(怪傑パンダース) 中嶋 真澄(キリンプロ) 櫻井美代子
阿依あい あおい未央(OFFICE BORDERLESS) 冨士枝千夏 
佐久間志保 和泉静花 西村陽里 小森涼子(TABプロダクション養成所)
みうらしおり 大沼 淳史(C&Oプロダクション) 高橋由希 天野もえ
れいみ 曽我姫菜 石原友祐 油井俊通 高野幸輝(帝京大学ヴィク
センズシアター) 高橋知宏 山口将一 松井真城 橋詰昌弘 木原大輔
東野行恭(大和) 丸山修司 藤田承紀 YOUKEY 田中志乃 小春佳
Lise 末冨真由 五十嵐奈生 MIKI-T
石原 慎一(特別出演)
伴 大介(キリンプロ・特別出演)

於・豊島区立舞台芸術交流センターあうるすぽっと
5月4日18:00の回 鑑賞

役者にとって、タイトルロールを演じるということは自分の価値に大変
大きな意味を持つ。
今回の芝居でタイトルロールである「オクト」を演じることに
なったのは佐藤歩。私の『ブロークン・ドイッチェ』で少年役をやって
もらったことがあるが、今回も、銀色の樹の精で、「ぼく」と自称する
少年の役(性別がないのかと思ったら、ちゃんと劇中で少年、と言って
いた)。劇中にはホンモノの少年俳優も登場するが、しかしオクトは
人間ではない、神の領域の存在である。制作側が、この役を女性に演じ
させたかった気持ちは充分にわかる。そこに、舞台ならではの異化が生じる。
この役はまさに、佐藤歩の代表作として用意されたような役と言えるだろう。

ただし、主人公によって“探し求められる”存在である故に、話の中心
にはあまり入って来られない。殺陣や踊りがふんだんにあるこの
ミュージカルで、殺陣も踊りも得意な彼女はひとりそれに加われず、
ナレーター役に甘んじなくてはならず、かなり欲求不満だったのでは
あるまいか。戦争場面でのナレーションの最後で
「ああ、ぼくも戦いたい!」
と叫んでいたが、これは役者の本音のセリフではなかったか(笑)。

作者の有里紅良は虫プロで編集の仕事を20年にわたってやってきた
という経歴を持つそうだ。そのせいかあらぬか、ストーリィにはアニメ的な
匂いが濃厚に漂う。ただし、虫プロではなく、往時の東映動画作品の

主人公が王子であり、母は黄泉の国に行ってしまい、旅に出ることになり、
オロチと戦う……とくれば私の世代なら確実に『わんぱく王子の大蛇退治』
を連想する。しかも、敵の王がその王子への刺客として差し向けるのが、
実の妹
……というのであれば『太陽の王子ホルスの大冒険』
以外のなにものでもない。古き良きアニメのエッセンスを舞台に再現させた、
という形だろう。

ただし、それだけではないようで、かなりの、ある種の(ホルスとは
真逆の)思想性も強く伝わってくるストーリィだった。設定からして、
主人公ナナツヤノミコトは四方を海に囲まれ、農業を国の主体とする
「マホロバ」の国の王子で、その国と民たちを、新兵器「黒い火」で
侵略しようとする「ダッタン国」の王と戦う。あきらかにマホロバは
日本であり、ダッタンは中国、黒い火は核をイメージ
しているだろう。
最初、子供向けのミュージカルファンタジー、と聞かされていたので、実際に
見てビックリしたが、これもこの作品の主催が「雑司ヶ谷鬼子母神
武芳稲荷」という神社だと聞いて、そういう設定もアア、と納得。

国の民を救うための超能力(災厄の封じ込めや予知、怪力など)を
国王(=天皇)の一家が代々受けつぎ、その人格は高潔で善良、常に
自国の民を思う理想的支配者として描かれている。ホルスの剣は民衆
たちによって鍛えられたが、このドラマの中のナナツサヤノ太刀は
王家の姫の祈りでパワーをよみがえらせる。……というような“思想”
については文句はつけまい。何をどう描こうとそれは作者の自由だし、
私自身、天皇家については大いに敬意を有している人間のつもりだ。
しかし、主人公をそのような、善意の支配者に設定したことで、
この作品は大きなハンデを背負ってしまっていることも事実である。つまり、
「主人公がさっぱり魅力的でない」のだ。

主人公ナナツヤノミコトと、許嫁のタマユラヒメを幼年、少年、青年
とキャストを三回も変えているが、そのどのキャラクターも、若者
らしい反抗心や無鉄砲さ、悩みとは無縁である。国を襲った災厄は
母が命を代償に食い止めたが、その災厄の後遺症で困窮する民を救う
ために(『わんぱく……』のスサノオのような、黄泉の国を探し求めて
母に会いたい一心で、という子供らしいわがままでなく、最初から
国家のために)主人公は旅に出て、民のためなら恋人を10年も
放ったらかして平気な精神性の持ち主
なのだ。

そこに「戦後教育を受けた現代人」が共感を覚えるかというと、かなり
疑問に思わざるを得ない。ホルスだって、村人とヒルダへの想いの
はざまで迷いの森にさまよい入ってしまったというのに。ホルスより
もっと幼いスサノオも、旅立つモチベーションこそ母に会うためだった
のが、結果的にそれが国を平和にする旅だったと、“最後に”気がつく。
この気づきこそ、主人公がそれだけ大人になったという証しであり、
物語のテーマとなる。つまり、この作品には、そういう
ドラマの基本である「主人公の精神的成長(ビルドゥングス)」
皆無なのである。

その結果、どういうことになったかというと、ここが皮肉だが、悪役が
凄まじく魅力的
になった。KAZOO演ずるダッタン国の王、スクガミは、
父親を殺して王の座を奪った支配欲・権力欲の権化で、その目的のため
には腹心の部下をも殺し、実の妹ですら裏切ったと知るとためらうこと
なく刃にかける。イイコイイコしたヒーロー像に比べて、この、極限に
まで徹底した悪役像の、なんと輝いていることか(もちろん、モラルではなく
キャラクターとして、だが)。KAZOOは役者としてのオーラに
加え、声量と声質が、ナナツサヤノ太刀の精役の石原慎一を
別格にすれば、出演者中ダントツに図抜けていて(あと、
侍女役の櫻井美代子!)、ほれぼれとする
ほどだった。

ドラマの基本は、主役にありとあらゆる心的葛藤を与える要素を
投げ与えることにある。
「理想の君主」はよき主人公足り得ない

シェイクスピアは、パトロンであったリチャード一世へのヨイショの
ために『マクベス』を書いたが、そこで主人公にしたのは、リチャード
の祖先である善良なバンクォーではなく、そのバンクォーを殺害する
悪漢・マクベスの方であった。これが芝居の“ヒネリ”というもの
である
。この芝居に欠けているのはこのヒネリで、あまりにストレート
すぎるのである。

とはいえ、それを補ってあまりあるのは、上記佐藤歩、KAZOOをはじめとする
役者陣の活躍だろう。主人公についていく忠臣・スガメの谷口洋行(河崎実映画で
よくスーツアクターをやっている)の渋さもいいが、最初に主人公たちが
戦う雄叫山のオロチ三兄弟(ロバート・ウォーターマン、中村拓未、中嶋真澄)
が特にいい。彼らが最後の戦いで主人公のピンチを救いに飛び込んでくる
ところは、『スターウォーズ』のハン・ソロみたいで何ともカッコよかった。

そして、『キカイダー』の伴大介! 終演後、知り合いの好意で挨拶できた
のだが、アガってしまって何も言えなかった。ファンだった役者さんには
とことん弱い。しかし、伴大介に石原慎一とは、キャストのぜいたくさには、
ちょっと嫉妬を感ずる(石原さんは演出でもあるのだが)。

ミュージカルの楽しさと難しさを両面観させてもらい、大変に勉強に
なった舞台でありました。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa