14日
水曜日
観劇日記・20『アイニク』(ドラ基地第一回公演)
『アイニク』
脚本家集団『ドラ基地』第一回公演
演出・脚本(第5部)/山下哲也
制作・構成/遅塚勝一
監修/藤本裕子(シナリオ・センター)
脚本/前田亜希江 舘麻紀子 田中摂 倉沙織 松井香奈
上田るみ子 山下哲也
出演/肘井美佳(スターダスト)藤原希(舞夢プロ)村島リョウ(元、底抜け
エアライン)関根信一(劇団フライングステージ)豊永伸一郎(オフィス
まとば)岡田亜矢(吉本興業THEフォービーズ)伊藤真奈美(吉本興業
THEフォービーズ)森下亮(クロムモリブデン)鈴木ちえ(母性本能
プロラクチン)ハルカ・オース(R&Aプロモーション)キンタカオ
(どうげん)若林幸樹(元、THEニュースペーパー)及川奈央(ファイヴ
ドットオン)綾田俊樹(東京乾電池)
於 阿佐谷ザムザ
2012年3月11日(日)マチネ観劇
シナセンの略称で知られるシナリオ・センター生徒の脚本から選出
された4本の脚本に、演出の山下哲也が1本を足して書き直し、
オムニバスにまとめたコメディ。タイトルは、それぞれの作品の、
“あいにく”な事情を抱えた登場人物たちのことと、舞台となるのが
焼肉屋であることから。舞台上にはガスコンロが備えつけられ、
実際に肉を焼いて登場人物たちが食べる。本当に火を使っているか
どうかは不明だが(消防署への届け出がそれは大変だ)、焼肉屋を
舞台にするなら、これくらいやらなくちゃいけない。
古く汚いが一部に大ファンがいる焼肉屋、『味玄』。かつて秘伝の
タレを開発した初代は既に亡いが、勝ち気な関西弁の女性・聖子が
その後を継ぎ、頑張っている。アルバイトの理恵は、死んだと言われて
いるジャーナリストの父親を探すためにこの店で働いている。
常連の正雄はオカマバーのホステスで、美姫子はAVのライターである
ことを隠して刑事とつきあっており、その担当の野木は一流出版社の
三流部所の編集者、店員の田中は(焼肉屋なのに)草食系で、かつて
一週間だけ同棲した女性・光美のことをずっと思い続けている。
正雄の姪の高校生、理恵は、死んだと母に教えられてきた父親の名を
ある雑誌で発見し、何か情報が得られるかも、と思ってこの店で
アルバイトをすることになり、彼女の目を通してこの物語は語られる。
ある晩、怪しげな老人がごきげんで店にやってきて、この店の“幻の
カルビ”を注文する。老人は、この店の初代店長の親友だったと話すが、
初代がずっと前に亡くなった、と聞いて号泣し、店を飛び出ていく。
実はその老人は、天才漫画家で、名作『崖の下のホニョ』の最終回を
描き終えたばかりの有名人、宮崎ハヤルだった。ハヤルは店の外で階段
につまづいて倒れ、死んでしまい、最終回の原稿も、何者かに拾われて
紛失してしまった……。
とにかく、出演者の顔ぶれを見ているだけで楽しく、よくこれだけ
集めたものだ、と舌を捲く。及川奈央、肘井美佳といった人気の女優を
はじめ、東京乾電池の綾田俊樹、元ニュースペーパーの若林幸樹、
クロムモリブデンの森下亮など、バラエティ豊かどころか、
「こんなにあっちこっちから集めて、演技の統一がとれるのか?」
と心配になるくらいだ。以前共演したことのある母性本能プロラクチン
の鈴木ちえさんがこの中に入っているところが実にうれしい。
さらに構成・制作の遅塚勝一さんは、私の世話になっている出版社、
B社のS社長の友人で……と、何ともこの業界、狭い。
役者はみな、達者であるが、やはり主役の聖子を演じる肘井美佳(雨宮慶太
『牙狼』に出演)が存在感がある。舞台が初めて、ということで、舞台声が
まだ作れておらず、一部聞き取りにくいところがあったが、手拭を頭にまいた
姿がぴしっと決まり、見ばえがいい。いい舞台は、まず役者さんのビジュアル
で決まるのだ。ベテランの綾田俊樹(『坂の上の雲』で桂太郎を演じて
いた)が味があり、登場早々に死んでしまって“エ?”と思うが、
なんと幽霊になって再登場。これには笑った。また、若林幸樹は
「いるいる、こういう編集者、いる!」
と出版業界の人間なら思わず叫びたくなるであろうくらい既視感バリバリ
の、調子のいい業界人を好演していた。正雄を演ずる関根信一のオカマ
芸も上手いが、実はあまり上手すぎて、初登場のとき、本当の女性
(おばさん)かと思ってしまった。声が本当の女性声に聞こえたのだ。
も少しディフォルメして、“舞台上でのオカマ”にしてくれないと、
いわゆる演劇における“異化作用”が働かないという好例である。
達者揃いの中で、警官役のキンタカオという人だけ、素人臭ふんぷんだった
のだが、あとでちえさんのブログを見たら、渋谷の焼肉屋『どうげん』(協賛)
の人だとか。ホンモノの焼肉屋さんだった。
われらがちえさんは美少女・理恵の母親。出番は少ないが、泣き芸と
いうのか、嬉しくても悲しくても泣き出す、泣き虫の母親を、思い切りの
いい泣き方で演じて印象に残る。
『悩めるタン塩』『ホルモンの恋』『ハラミの期限』『優しいカルビ』
『シメの晩餐』の五本で二時間十分、の上演時間。長いとは感じないが、
全てのエピソードが微妙につながる構成になっているのが、オムニバス
としてひとつひとつ語られると、ブツ切れの印象が残ってしまう。ひとつ
のセグメントでひとつのエピソードが完全に解決する、というわけでも
ないし、それぞれに関連がある(例えば、幽霊になった宮崎ハヤルの
姿が主人公・聖子にはなぜか見えている、という『ハラミの期限』の
設定は、最後の『シメの晩餐』での、聖子の病気につながり、死が近い
ために幽霊が見えていた、ということがそこでわかるようになっている。
この伏線には大感心)ので、むしろ再構成してひとつの話にまとめた
集団劇にしてしまった方がよかったのではないだろうか。もったいない
と思えるのである。