裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

26日

月曜日

今夏映画日記3『終戦のエンペラー』

『ガッチャマン』はネガティブ情報入りすぎていたので観てそれほどでもないじゃんと思ってしまったのだが、こっちは絶賛情報がいろいろあったので(ガッチャマンを100点満点で4点とした『超映画批評』サイトでは90点である)、逆に観終わって不満がかなり残ってしまった。

なにしろ冒頭で、マッカーサーを迎える日本兵たちが、次々とマッカーサーに背を向けていく。”日本通“であるフェラーズ准将が、
「これは高貴な人間の顔を直接見ないという日本独特の礼儀である」
と説明する。
そんな礼儀あるかーい!
尻を相手に向けるなどという行為を礼儀だと思う日本人がどこにある。ましてそれが天皇に対しての場合。国会の開会式を見るといい。議長は天皇から詔書をいただき、後ろ向きに階段を下りる。陛下に背を向けるのは失礼にあたるからである。

最初からこれでは、この映画の日本理解が果たしてどれくらいのものか、不安になってしまうのは当然だろう。

そもそもこの映画、知られざる終戦ドラマというような宣伝コピーがあったが、日本の戦後史にちょっと興味があるような人間だったらこの映画で語られていることはだいたいこれまでに知ってるようなことばかりで、目新しい資料や新解釈がない。東條や木戸たち戦犯が、占領を容易たらしめようというGHQの意図にわざと乗って、天皇に訴えの及ばないよう、自分たちを盾にして罪を一身に背負おうとしたことについては多くの資料・証言があり、それを受けての出版物も数多い。

アメリカは終戦直後から占領政策調整委員会(SFE)が天皇を訴追しない方針をとり、天皇無罪の証拠を集めるようマッカーサーに指示していた。この映画は日本とアメリカだけの関係しか描いていないが、実際には天皇を戦犯として処刑せよとの声は戦争初期に太平洋で植民地の多くを日本に占領されたオーストラリア、イギリス(それともちろんソ連、中国)などから強く上がっていたものであり、中でもオーストラリアは東京裁判の裁判長であるウェッブがオーストラリア出身で、日本軍のニューギニア占領の調査に当たっていたこともあり、強硬な天皇訴追論を唱えて、主席検事であるアメリカのキーナンと対立していた。アメリカ政府の(世論は天皇処刑論が盛んだったが)天皇擁護方針はフェラーズが10日間でレポートしたというような泥縄のものではなかったのである。

“実在の”フェラーズの仕事はこのアメリカ政府の意向を受けて、天皇に戦争責任がない、という証言を天皇側近の侍従長や宮内大臣から引き出すことで、さらにダメ押しで天皇自身の独白録まで作成させている。田中隆吉少将のような、裏切者の名を受けてまで戦争責任を東條たちに負わせる(結果として天皇を守る)役割を担う証言者も見つけ出している。かなりの辣腕で、しかも自分自身は天皇擁護者でも何でもない、と公言しており、天皇との会談を終えたマッカーサーに
「彼(天皇)はあなたに処罰を受けることを恐れているんです」
と批判的な意見を投げ、マッカーサーに
「彼はちゃんとその覚悟をしているよ」
とたしなめられている。映画で描かれる、繊細で日本文化とその頂点に位置する天皇を(恋人の日本女性を通じて)崇敬している気の弱い青年、とはあまりにかけ離れている。

絶対的権限を持った占領軍の准将でありながら証拠・証人集めを遅々として進められない(木戸に会いに行ってスッポかされたりしている)この映画の中のフェラーズはいかにも無能である。東條を尋問して、東條に証人を選ばせ、“近衛文麿”などと教えられているのには呆れた。戦争責任の所在を調べる者が人に言われて盧溝橋事件時の首相がキーマンであるとやっと気付くなどあり得ないだろう(東條をちゃんと左利きに描いているのにだけは感心した)。

おまけにこの映画の中のフェラーズは、自分の恋人探しの段取りもうまくつけられないらしい。戦争前に恋人のアヤは伯父で父親がわりである鹿島大将をフェラーズに紹介し、一緒にその家に逗留している。終戦後の日本でアヤを探すなら、まず真っ先に鹿島の家を訪ねてその消息を聞くべきなのに、静岡だの何だのと無駄足を踏んで、だいぶ日時が経ってからやっと鹿島を訪ねて、そこで彼女の死を知るというていたらくである。こんなバカに将校がつとまるのか? と呆れてしまった。話の展開のデタラメさに関してはこの映画、『ガッチャマン』の上を行くのではあるまいか?

作家の山田風太郎は当時の日記で、東條処刑に触れて、天皇を自らの命を以て守った彼の行動を絶賛し、後に『人間臨終図鑑』で「東條は最後に勝ったのである」とまで書いている。いわゆるA級戦犯たちが天皇を守るために戦ったことは当時の心ある日本人たちにとり常識だった。この映画がわざわざそれを重大事に描いているのは製作者たちの無知に過ぎない。

NHKエンタープライズから、1977年に放映されたドラマ『日本の戦後/審判の日』のDVDが出ている。
http://jump.cx/2sfiF
たぶんこの映画の1000分の1くらいしか金のかかっていないドラマ(セットの安っぽさなど、今見ると失笑ものである)だが、天皇不起訴周辺のアメリカと日本の駆け引きについては、この映画の1000倍くらい濃密に、スリリングに描かれている。東條英機役は小沢栄太郎、木戸幸一は中村伸郎。そして田中隆吉役に佐藤慶。その演技合戦を見るだけでも価値がある。興味ある人はぜひ、一見していただきたい。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa