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2013年9月22日投稿
わが愛しのクラリス【訃報 石田太郎】
ウルトラQ『五郎とゴロー』、伊豆の山奥の野猿研究所の冬季宿直にやってきて、「俺はもうネオンの海が恋しくなってきた」とボヤき、同僚の土屋嘉男に「ウソをつけ、恋しいのはその海に住む人魚の方だろう」とつっこまれる松崎研究員。それを演じたのが東宝の専属俳優・石田茂樹。そしてその息子が俳優・声優の石田太郎。知ったときにはびっくりした。同じ俳優業でも、まったく声や柄が違う。
父は龍谷大学出身で僧侶の免状を持ち、俳優引退後は故郷の金沢の寺で住職を務めていた。息子の太郎は上智大学出身だが、父と同じく僧職免許を持っており、父の死後は同じ寺の住職と俳優の二足のわらじだった。やがては父と同じく、僧侶として晩年を過ご
すつもりだったのか。だが、それは叶わず、俳優としてのロケ撮影中死去。69歳。
世に知られた仕事は『刑事コロンボ』のピーター・フォークの吹き替えだろうが、これはご存知のように小池朝雄死去の後の引き継ぎ。『ルパン三世・カリオストロの城』のカリオストロ伯爵は名演だったが、これも最初にキャスティングされた家弓家正のスケジュールが合わなかったための代役キャスティング。声も押し出しもいい役者なのに、なかなか代表作というものにめぐりあえなかったイメージがあった。
伊丹十三の『マルサの女・2』で、悪徳宗教家の三國連太郎を罠にはめようとして逆に窮地に陥り、土下座して泣きながらあやまるカメラマン・清原役の演技が 私的にはベスト。それじゃあまりに情けないというなら、『羊たちの沈黙』をはじめとする食人博士・レクターシリーズの主人公、ハンニバル・レクターのテレビでの吹き替えこそ代表作だろう。
世界サスペンススリラー映画史上一・二を争うインパクトのこのキャラを、石田太郎はその底深い声で演じ切り、最大の名演を見せた。だけでなく、あの声でヒロインを
「クラリス」
と呼ぶのが、『カリ城』ファンのこちらには抱腹絶倒、怖がりながら大笑いするというなかなか出来ない体験をさせてもらった。ちなみに彼が以前『カリオストロの城』で代役で演じた家弓家正もこの映画ではクロフォード主任捜査官(スコット・グレン)の役で出演している。
演じたアンソニー・ホプキンスはこの役でアカデミー男優賞を得たが、この吹き替えも、その得体の知れない奥深さと知性、そして狂気を秘めた演技が秀逸の一語で、他の作品でのホプキンス/レクター役も全て務めた。これこそ石田太郎の真の代表作と言えると思う。
とはいえ、まだ顔出しの演技もある。まだ見ぬ代表作はこれから、という期待も充分持てる歳での急逝はまことに残念。冥福をお祈りする。これでまた、ドラマを見る楽しみがひとつ、減った。