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2013年5月9日投稿

最高の助手【追悼:坂口良子】

坂口良子・3月27日死去、57歳。死因の肺炎は、結腸ガンの抗ガン剤のせいで免疫力が低下していたためだろう。死亡したとき、周囲では『ウルトラマンタロウ』(1974)における、主演作『(新)サインはV!』とのコラボが話題になっていた。他に宣広社の『アイアンキング』(73)にも出演しているし、お茶の間には『池中玄太80キロ』(80)が一番浸透していたかもしれない。・・・・・・が、今回は彼女の魅力が最も輝いていた一作と私の考える、市川崑監督作品『犬神家の一族』(76)に絞って語りたい。

『犬神家の一族』における那須ホテルの女中・はる(坂口)は、金田一が那須市にやってきて、最初に声をかける人物である。那須ホテルへの道を訊ねられた彼女は、金田一の胡散くさげな風体に、自分がそこの女中であることを最初、隠して答える。自分の勤め先を
「でも、ホテルなんて名ばかりの古びた旅館よ」
と答える彼女は完全なアプレ(戦後派)だ。

職業不明の怪しげな泊まり客となった金田一耕助に疑いの目を投げかけていた彼女は、続いて彼のフケだらけの頭に恐怖に似た嫌悪感を抱く。が、湖でおぼれかけた珠代を助けに駆け出した金田一の純真さが、そのマイナス面を母性本能による好意に変化させる。

続いて起きた若林殺人事件で金田一が高名な探偵であると知って母性の愛情は尊敬に代わり、さらにその探偵の助手(東京で毒物について調べてくる)を勤めることで、仲間意識が芽生える。そして、いつしか金田一の押しかけの相方になりたがり、打ち直した布団をかついで後を追いかける。恋愛感情が芽生えているのである。

事件解決後、はるは最後に、那須を離れる金田一を見送りに行くが、金田一はその好意に応えず、一本早い汽車で東京に帰ってしまう。観客は彼女の淡い恋の終わりに同情するだろう。そこに余韻が生まれる。この映画はミステリ映画である他に、いや、それ以上に、はるを主人公にした初恋映画でもあるのだ。後のシリーズものでも仁科明子、中井貴恵など、金田一に好意を持つ美女はたくさん出てくるが、このはるほど、金田一と対等に観客に印象を残した“助手”はいない。

この映画のヒットで雨後のタケノコのように量産されたミステリ映画が、『犬神家』ほど評価されなかったのは、『犬神家』がおどろおどろしいミステリ映画である一方で、裏に坂口良子主演のさわやかな恋愛映画が一本、隠れているからなのである。ミステリは普通、犯人がわかってそれで終わりだが、この映画はさらにもうひとつ、ドラマの終わりがついているのだ。

このはる役は、2006年、全く同一の脚本で同じ監督によりリメイクされた『犬神家の一族』で深田恭子にバトンタッチされた。演技やキャラ作りを比較してどうこう言うことはやめておくが、深田恭子はまず、美人すぎて田舎の旅館の女中には絶対見えない。そこへ行くと、坂口良子は、(石上三登志氏も言っていたが)ちゃんと女中に見える。もちろん、坂口良子だって実際の昭和22年の田舎の旅館の女中にこんなソフィスティケートされた女性はいやしないレベルの美人だろうが、ちゃんと女中として映画の中におさまっているのである。なぜかと言えば、あまりに通俗な言葉ではあるが、彼女のキャラクターの中にある”庶民性“のゆえ、だろう。

私生活での彼女は、不幸続きだったようだ。前夫の負った借金を背負い、二時間ドラマなどの常連となって働き、それをほぼ完済し、長年、事実婚であった尾崎健夫と籍を入れ、一年もしないうちの病没。返済に対し過剰に頑張ったことが体を蝕んだのだろう。

デビュー作『アイちゃんがいく!』(1972)で演出を手がけた故・湯浅憲明監督は、坂口良子のことを、
「自分で自分の演技にNGを出したりしてたね。演出した10代のアイドルのうちで、一番大人ぽい洞察力を持っていたのが大場久美子、一番大人顔負けの根性を持っていたのが坂口良子」
と私に語ったことがある。その頑張りが、自らの身体を痛めつけたのだろうか。だとすると限りなく悲しい。

今はただ、あちらでは安らかに、と祈るばかりである。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa