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2013年5月8日投稿

「昔の君だよ」【訃報 レイ・ハリーハウゼン】

あれは忘れもしない小学四年の夏休み。たまたまつけた昼間のテレビでやっていたのが『アルゴ探険隊の大冒険』。七つ首の毒蛇ヒュドラとイアソンの対決シーンだった。映画のタイトルもわからないままに、たちまちその見事な特撮技術に魅せられ、ブラウン管の前に吸いつけられてしまっていた。

当時の私はギリシア神話オタクだったから、それがアルゴノーツと金羊毛の物語だということはすぐわかったが、で、あればこのヒュドラを倒して黄金の羊を獲て映画は終わりか、ああ、もっと前から見てればよかったな、と思いながら見ていた。

・・・・・・ところがなんと、ヒュドラなんかはまだヒザ替わりであって、真打ちがその後に控えていたのにびっくり仰天。ラストの骸骨戦士たちとの決闘に、私は過呼吸になるほど興奮してしまった。そこれが私と、人形アニメーションの神様、レイ・ハリーハウゼンとの最初の出会いであった。

神様と呼ばれるような人は名前からして響きが違う。ハリーハウゼンというその名前の、何と神韻がかっていること! 親友がまた、同じレイという名前の、これまた神がかった響きのブラッドベリという作家であるということもこっちを無意味に感動させた。スミスとかブラウンじゃないんだぜ、ハリーハウゼンとブラッドベリだぜ(実際にはスミスにもブラウンにも神様みたいな人がいるんだが、まあ子供のことである)!

とにかく、それから、テレビの洋画劇場で彼の作品を見まくった。『SF巨大生物の島』のカニさんとか、『恐竜百万年』のアルケロンとかが出てくると、キャッキャとはしゃぎまわって喜んだ。コマ撮り特撮独特のあの動き方に脳内麻薬が分泌されるように、どうも最初の『アルゴ』との出会いで刷りこまれてしまったのかもしれない。

大学のころ、後に私の本をいくつも装丁してくれることになる井上則人くん(当時はアニドウの居候)と池袋の映画館にハリーハウゼン特集のオールナイトを観にいったことがあった。そのとき、
「映画の出来としては『シンドバッド七回目の航海(後に冒険と改題)』の方がずっといいのに『アルゴ』の方が印象深いのは、ひとえにあのラストの骸骨戦士たちにかかっているな」
とか話した。ハリーハウゼンの映画の人気は、ハリーハウゼンの特撮の出来に全てかかっていたのだった。

で、ハリーハウゼン自身にとっても、骸骨戦士がキャリアのピークで、その後の『黄金の航海』(1973)では女神カーリなどが楽しい限りだったが、『虎の目大冒険』(77)になると、ヒヒのアニメートなど、神業ではあるものの、見ているこちらをアッと言わせる突き抜けたイマジネーションにおいては大分劣ってしまっていたのが悲しかった。

それを見にいった映画館で最も興奮したのは『スターウォーズ』の予告編だった(動くスターウォーズを初めて見たのである)。時代が変わったということをあれほど痛感したことはない。自分でもそれを自覚したのか、『タイタンの戦い』(81)を最後に引退。その後、特撮映画のイコンとして、数多くのSFX映画にカメオ出演した。

そのカメオで私が好きなのは彼が師匠のW・オブライエンの後を継いで特撮を担当した『猿人ジョー・ヤング』(49)のリメイク、『マイティ・ジョー』(98)。CGを駆使して、かつてのハリーハウゼンの技術を完全に過去のものにした作品だった。

しかし、ハリーハウゼンはパーティの席の客としてにこやかに特別出演。ヒロインのシャーリーズ・セロンが会場に現れてみんなの注目をあびるシーンで、 『ジョー・ヤング』のヒロイン役、テリー・ムーア(これもカメオ)が「彼女に見覚えがあるんだけど」と言う、その肩を抱いて、「昔の君だよ」とささやく。涙が出た。

そう、古いものは死なない。たとえ、新しいSFX技術が自分のダイナメーションを過去のものにしようとも、それは自分の築いたものの上に立っている。ハリーハウゼンにとっては、『マイティ・ジョー』も、『スター・ウォーズ』も、『アバター』さえも、昔の君ならぬ「昔の自分」の姿だったろう。

私は映画に特別出演と称して昔のスターをやたら出すことをあまり好まないが、このハリーハウゼンの特出だけは、話題作りだけでなく、過去の作品への敬意と、その作品群を受けついでいくという表明として、限りなく感動的だった。

ハリーハウゼンは師匠オブライエンの『キング・コング』を90回見てしまった末に特撮の世界に入る。『スター・ウォーズ』を作った人々はたぶん、『アルゴ 探検隊』を90回は見たであろう。さて、『スター・ウォーズ』を90回見て今のSFX界に入った人の作品で、次の世代が90回観る作品が、どれだけ生まれてくるだろうか?

5月7日死去、92歳。たぶん天国では、親友のレイ・ブラッドベリとの再会が待っていよう。また、大のハリーハウゼンファンであった石上三登志氏がインタビューしようと宿痾癒えた体で待ち受けていると思う。冥福を祈る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa