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2012年7月18日投稿

つぶやき日記7月6日〜10日

7月
6日
稽古続く。公演に関して残っている懸案、ひとつづつひとつづつツブしていく。この時期になると時間がない、というあせりが出てくるが、そのあせりに押しつぶされてはいけない。押しつぶされるのではなく、押しつぶしていくのだ、と自分に言い聞かせる。

夕方の稽古場。主役で演出補の小林直人くんと激論。「このままでは演じられません」「僕のセオリーではそれはアリだ」「ダメです、全然通じていません」と、小林くん、頭をかきむしり、体をのけぞらせる。このまま空中分解するのか、この公演は中止になるのか、というレベルの激論。

結局、どちらが折れるというのでなく「ではここにこれこれのシーンを書き加えるということでどうでしょう」「……それならば演じられます。失礼なことを言いました」「私も筆力が足りませんでした」と双方頭を下げる。凄まじい緊張感だったが、その後普通に稽古が続く。ひとつの芝居を完成させようという意識が論争させ、また稽古を続けさせる。

いろいろ考えた末に、当初の演出プランを変え、それぞれの出演する場面でベテランの座長クラスの役者たちの演技部分は演出の主体を彼らにまかし、全体の統括演出を私が受け持つという、プロデューサー型演出にスイッチングすることにする。とにかく「完成させること」を今は目標に。

直帰してシナリオ直し。直しながらキャベツと牛肉をさっと煮て、メールしてちょっとやりとりした後、それを肴に黒ホッピー飲んで寝る。

7日
劇場でのスタッフが足りないことがわかり、急募。幸い、すぐに手を上げてくださる方が見つかり、安堵。長丁場なので仕方ないが、思えば思えば、『タイム・リビジョン』のときが恵まれすぎていた。

やまぐちさんのスタッフの野村さんが、ヒトガタ(殺人事件の現場検証で、死体の周囲をなぞったチョークの線)のセットを作りに来てくれる。素材や使い方をさすがよくご存知で、こちらの注文に「なら、これをこうして使いましょう」と即答してくれる。本当は小屋の黒パンチの色をチェックして合わせたかったが、仕方ない。

芝居に限らず、われわれ凡人がひとつのものを作り上げるときに、絶対必要なものとして、妥協がある。世の天才たちの妥協なき作品は美しいが、ダ・ヴィンチやオーソン・ウェルズのように、未完成作品ばかりを世に残すことになる。絵画や映画なら未完成もまだカタチをとるが、芝居はどうしようもない。劇場を期限切って借りている限り、その〆切りに向け、作品の完成度をどこまで妥協するか、その線を引く決断が主宰者には必要になる。心はいたく傷つくが、しかしそこでメゲていてはいけない。妥協の二文字あらばこそ、世の99%の作品は陽の目を見ているのである。

荻窪の稽古場に行く前に阿佐谷で雑用。今は駅前のビルになっている場所に学生時代あった荒物屋を思いだす。路上に面した壁一面という感じでザルだのヤカンだの食器だのがうずたかく積まれた、一種異様な店頭だった。前におばあちゃんが主のように陣取っており、われわれ貧乏学生に「ああ、それならこの湯沸かしが安くて使いいいよ、これにしなさい」とか命令(レクチャーなどというものではない)していた。昭和の商売人というのは自分の店をわが城と心得ており、その店とアイデンティティを一にしていた主人が多かったな。

稽古は荻窪。殺人のシーンの衣装のこと、話し合う。解決策ひとつ、以前出したのだがこれは実際的にムリとわかる。さてどうするか。稽古後の荻窪のホルモン焼き屋での飲みでもその件続けて話し合い、何とかまとまる。

稽古後の飲みは本日はオクスブリッジ(オクスフォード派とケンブリッジ派の中間)型で、稽古の延長にある話題とそうでない話題が一度に出る。今日は井関友香ちゃん交えて「キャベツを食べるとおっぱいが大きくなるというのは本当かどうか」という話題も出た。あれ、ウソではないがメカニズムが案外複雑なんだよね、という話。
http://igakudaisuki.blog.so-net.ne.jp/2007-02-19

8日
朝、例によって無くしもの。出がけギリギリに気がつき、大いにあせる。諦めかけた頃になり、「もう一度、もともとのところに戻ろう」、と探しはじめの場所に戻ってみたら、ちゃんとあった。チルチルミチルもびっくり。

知り合いから公演のお誘い多々。とはいえ時期的に丸かぶりで行けないものばかり。向こうもそれは同様だろう。舞台というナマモノの欠点。

やまぐちさんからオープニングビデオのデモがデータで送られてくる。しかしこの人はオリジナルと見まごうフリー素材を見つけてくる名人だな。

昼と夜の稽古の合間を縫って新宿で小道具類・衣装小物類の最後の買い出し。下北沢で買い出ししてきたベギと新宿で落ち合い、いろいろ付け合わせして稽古場へ戻る。雨という予報だったが降らなかったのは有難し。

しかし、ハンズなかりせば薬ビンひとつ手に入れるのも用意ではない。そのことを思うだに、現代のコンビニエンス化を否定しさることは出来ない。こないだ古本屋でなにげなく買った大村しげの『美味しいもんばなし』(鎌倉書房・1987)を寝床でぽつぽつという感じで読んでいるが、ここで古きよき京都の暮しとされている「手間をかけた」生活は、頭で「ああ、いいものだな」とは思うが、実感としては現代人にはムリ。

書き足した小林直人さんと綾乃彩ちゃんのシーン、二人が徹底稽古で完成させてきた。明らかに私の作る芝居とは異質なものなのに、話のラストに置くとぴたりとはまり、人が死ぬことをブラックユーモアとして扱うことで日本的感情の中で収まりが悪い感じがしているミステリ劇を、小劇場演劇のワクの中に引き戻す働きをしている。

10時まで稽古、帰宅して脚本にあるもの全チェック。ぎゃっと叫んだのが昨日出来てきたオープニング映像に名前のあやまりがあったこと。急いで連絡して、初日朝までに改訂版を届けてもらうことにする。ブリッジ(暗転中のつなぎの音楽)の選定を3時くらいまで。軽食とって缶ビール一本。

9日
今日小屋入り。泣いても笑っても明日が初日。昨日遅くまでBGM構成にかかりきりだったが、今朝もう一度それをチェック。今回も水谷紹さんの作曲したものを多く使用させていただいているが、まるでこの作品のためにあつらえたもののようにぴったり。

朝9時半に下北沢。池尻の事務方の方へ当パン(当日パンフレット)用の公演情報を送り印刷を頼んでおく。

舞台監督のヒロエさんの指示、いちいち適確にして正しい。ただしその示し方が師匠の早坂さんとは正反対。いたらぬところ不備なところいろいろ指摘されてちょっと緊張、やがて大きく緊張。背中に大いに汗をかく。

今回は大道具の建て込みとかないので準備は早く済み、シュートと通し稽古。ここまで一ヶ月で形がついたことが奇跡のように感じる。11時の劇場借り時間ぎりぎりまで。食事も何食ったか、どこで食ったかも思い出せず。

10日
初日。11時小屋入り。わたわたにわたわたが重なる。あれがない、これが足りない、ここが出来てない。それでも時間は刻々迫り、わたたたたというブルース・リー状態の中、15時ゲネプロ開始。観て、きちんと芝居が成立していることにちょっと感動。全てのピースが、まだなめらかではないながらにハマって、ミステリになり得ている。「危機的状況」という言葉が何度くり返されたかわからぬ中で、よくここまで作り上げてくれた、と、役者陣には感謝の言葉もなし。

カーテンコール作り。本当はラストの映像を流し、その後カーテンコールのつもりだったが、どう考えてもちょっと長いので、エンディング映像は(やまぐちさんには申し訳ないが)カットして、DVDで使用することにする。カーテンコールは我ながらカッコよく役者たちを並べられた。

そして開演。暑苦しい気温の中、続々とお客様入ってくださる。朝日新聞のKくん、東郷隆さん、芦辺拓さん、それから何と辻真先先生、そして飯塚昭三ご夫妻。何で初日からこんな豪華メンバー?

手伝いに、元くすぐリングスのはるうららが入ってくれる。おひさしぶり、という暇もなし。

初回開け。流れはいい感じだが演技にさすがに余裕なく、笑いを取れる場面で逃してしまうところもいくつか。だが、やがて殺人が起こり、謎の声が劇場に流れ、そして意外な人物が名探偵であることが観客にわかり(ここが新鮮で面白い、と芦辺さんにお褒めいただいた)、という段階で観客の反応が違ってきたのが演出家席(調光ブースの隣)からわかった。

終ってお客出し。辻先生のところに真っ先に(文字通り)トンでいったが、「大変に面白かったです。次のとき(インタビュー)できちんと感想を」と、ご満足いただけたようでホッとする。飯塚さんからは声優らしく「座長役の人(小林さん)の声が千秋楽まで持つかどうか心配だなあ」とのお言葉、さらにKくんは「鳥越さんと岩田さんの演技が抜きんでていました。他の方々も含め、これくらいの演技力ある皆さんでないとメタ芝居はやれないでしょうね」というさすが文化部記者らしい批評。

とにもかくにも大きな事故なく、途中で中断するような不手際なく、ラストまで持っていけたことに大安堵(本当はもっと高いところに目標を置かねばならないのだが、今回はそもそもの目標値がムチャクチャ高いのだ)。

初日打ちあげ、新雪園の地下にて。20人ほどで乾杯! 井関友香ちゃんの事務所の社長Hさんがやたらご機嫌で、いい仕事をさせた、実にすばらしかった、と連呼。やまぐちさんにはエンディング不使用のお詫び。野村さん(Pマンの中の人)の作ってくれたヒトガタは大成功。

新雪園は下北沢のギョウカイジンのたまり場である。一階に竹中直人さんいらっしゃっているというので挨拶に行く。そしたら、しばらくして地下に顔を出してくださる! 役者陣、大喜び。

三々五々、明日に備えて帰る人あり、残る人あり。残り組の松山幸次(最後までいて、H社長と朝まで飲んだそうな)さんから、今回の私の立ち位置についてちょっと評価受ける。これで心が大きく楽になった。まさに思っていたことを代弁してくれた感じ。

支払い、ちょいとした額になるが、いや、無事に幕を開けられた祝いである。ケチ臭いことは言うまい。後は幕をおろすまで全力疾走。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa