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2011年10月6日投稿

肉を食べなかった男 【訃報 スティーブ・ジョブズ】

「マックユーザーです」
と名乗るときに、私はほんのちょっとの照れと、やはりほんのちょっとの
誇らしさを感じる。ちょうど、ベータマックスのユーザーであったときと
似た感じだ。

照れるのは、これは自らを少数派エリートと位置づけるスノッブ嗜好
なのかもしれない、と思うからだ。CNNが報じたことがあるが、マック
ユーザーはパソコン使用者の25%に過ぎない(ウインドウズ、いわゆる
PCの使用者は52%)。しかしマックユーザーはPCユーザーに比べて
若くリベラルで流行に敏感、都市生活者が多いという。さらに言えば
高学歴者が多く、ベジタリアンがPCユーザーに比べ8割も多く、大型バイク
よりスクーターを好みPCユーザーがカジュアルな服装やツナサンド、
白ワイン、ハリウッド映画、USAトゥデイ紙(大衆紙)、ペプシを好むと
回答したのに対し、マックユーザーはデザイナー物やビンテージ物の衣服、
ハマス(ヒヨコマメのペースト)、赤ワイン、インディーズ映画、
ニューヨークタイムズ紙(高級紙)、サンペレグリノ・リモナータ
(レモネードの一種)を好むことが分かった……とか。これを要すると、
マックユーザーというのは自己顕示欲の強いイヤミな奴、という感じ
紛々である(笑)。

実際、スティーブ・ジョブズ氏は最右翼ベジタリアンのビーガンであった。
肉どころか卵も牛乳も、ハチミツすら生物からの搾取だ、として摂らない。
ライバルであるビル・ゲイツ氏がジャンクフード大好き人間で、好物が
ハンバーガーというのと対照的すぎる。

おまけに宗教までアメリカ人としては少数派の仏教徒であった。
米国の経済誌『フォーチュン』は08年3月5日号で、ジョブズ氏の闘病に
ついて、こう報じたという。
「仏教徒で菜食主義であるアップルCEOは、現在主流の、西洋医学に懐疑的
だった。膵臓がんの治療でも別の治療法を採用することを決め、特殊な食事
療法によって手術を回避する道を希望した」
この情報を受けて、『経済ジャーナル』は、ジョブズ氏の病気の悪化は、
その食生活に原因があるのではないか、と述べている。
http://gendai.ismedia.jp/articles/print/2006

思うにジョブズ氏がもうちょっとだけ俗物であれば、天はこの偉才に今少し、
この世での活躍をさせてくれたかもしれない。しかし、その偉才が偉才
足り得たのは、自分が生み出したマックユーザーたちと同じ、
「人と違うことをすることに、たまらない喜びを感じる」
という性格が関与していたことは確実であろうと思うし、で、あればビーガン
の人生を選んだ(それが本当に氏にとって致命な習慣であったとして)ことも
仕方ないのかもしれない。

彼がベジタリアンになった理由の一つに、若い頃のインド放浪があった。
その青春時代カリフォルニアを席巻していたニューサイエンスにかぶれた者が
インド信者(インドの個別な宗教ではなく、人間の生き方の理想としてインド
の人々の生活にあこがれる)となるのはごく当然のことであり、そういう者
の常として、この地球(ガイア)をひとつの生命体と考え、全てにつながりが
ある有機体としてとらえる思想を身につけていたことが、パソコンを通じて世界を
ひとつに結ぶというシステムの発想に寄与したのも、まず間違いあるまい。

数年の時間差で同じカリフォルニアに滞在し、同じくニューサイエンスの波に
かぶれた人間に鳩山由紀夫氏がいるが、あの人(夫婦)ばかりを見て、
ニューサイエンスの悪口を言ってはいけない。ジョブズ氏のような例だって
ちゃんとあるのである。

私自身は、20年以上のマックユーザーとはいえ、通俗の側に自分を置く
人間である。ニューサイエンスもインド式生活とも、出来れば無縁でいたい。
とはいえ、マックユーザーと名乗るときの、ちょっとした誇らしさは、
世界を変えたシステムの末端に自分がつながっている、という
その感覚に関係している。

10月5日、膵臓ガンで死去、56歳。
輪廻を信じていただろうジョブズ氏にとり、死はそれほど恐怖でもなかった
ことだろう。それもわずかな救いである。56歳という年齢は極めて若いが、
しかしあまりに嘆くのはやめよう。われわれは、彼の生み出したこれだけ
たくさんのものに囲まれて“世界とつながり”、毎日を生きているのだから。
安らかに、次の転生まで。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa