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2011年9月23日投稿
めでたし、で終った男 【訃報 杉浦直樹】
白山雅一氏の訃報の翌日、もう1人の「白山」の訃報があった。
『網走番外地 望郷篇』(1965)での殺し屋役、白山譲次。
『七つの子』の口笛と共に現れ、高倉健に名を聞かれて
「白山譲二……渡世のみんなは、“人斬りジョー”って呼んでるよ」
と答える、キザで虚無的な男を名演したのが、杉浦直樹だった。
この作品、シリーズ三作目にして初めて網走刑務所が、設定には
あっても話に全く関与せず、舞台も長崎。石井輝男が高倉健の当時の
もうひとつの人気シリーズである『日本侠客伝』をおそらく大いに
意識したと思われる義理人情主体のストーリィで、その人情も世界観
も、石井視点による徹底したアーティフィシャルな演出で描かれていた。
杉浦直樹の名演は向田邦子の『あ・うん』の門倉をはじめ数え切れない
が、いずれも小市民的な平凡な男、といった役柄がほとんどで、
彼の出演記録の中ではいささか異色に属するこの人斬りジョーが
とりわけ印象的なのは、この、非現実的なほどのカッコよさを
杉浦が、“自分の地のキャラクターに合わない異色の配役”だから
こそ、徹底して作り物として体現していたのが、演出意図に合致
したためだろう。
最後の対決で高倉健に傷を負わせたあと、
「……その傷は、七針も縫えばなおるよ」
と、傷の度合まで心得たセリフを吐くクールさが、もう、ふるえが
くるほどカッコよかった。そして、『七つの子』を口笛で吹きながら
去っていくが、その口笛が、突然途切れる……。60年代映画の
美学というものがあるとして、それを最も色濃く表していたのが、
杉浦直樹演じるこの人斬りジョーであったと思う。
後年、養毛剤のCMで、頭をブラシで叩きながら
「男は、叩かれて強くなるんですな」
などと言っていたが、あの人斬りジョーとのギャップがしばらく
こっちに違和感を与えていたものだった。
一方で、いかにも杉浦らしい代表作と言えば、縁の深かった向田邦子
原作のドラマ群がある。『あ・うん』の門倉もよかったが、ジェームズ・
三木脚本による『父の詫び状』(1986)の主人公、田向征一郎役
は絶品だった。
尋常小学校卒業の身で、苦労して保険会社の支店長にまで出世した父。
家の中では完全な独裁者で、長女の恭子(向田邦子本人)が河原で
子供たちの相撲に声援を送っているのを見ると、首根っこをつかむ
ようにして家に引きずり帰り、
「お前は男の裸を見て嬌声をあげるのか!」
と力任せにひっぱたく、というような暴君である。
そんな父と折合いが悪かった祖母(沢村貞子)が亡くなったその葬儀に、
保険会社の上司が焼香にやってくる。その時、父はそれまで家族に
見せたことのない、卑屈なまでの態度でその上司に頭を下げる。
それを見て娘は、家柄学歴のない父がこの家を守るために、外で
どれほどの苦労を重ねているか、を知り、秘かに父への態度を
改める。
……少し娘がクレバー過ぎる描かれ方をしていないか、とも思える
ところだが、しかしそこがこのドラマのうまいところで、戦前の
父親像へのノスタルジックな想いを持っていた世代にピシャリ
とハマり、原作も脚本も、もちろん杉浦直樹の演技も、絶賛を受けた。
私はそこのところよりもむしろ、自分の母の葬儀に、自分の知らない
男(殿山泰司)がやってきて普通じゃない大泣きをする。その男を
不審そうな眼で見つめながら、脇の娘に
「あれは。お祖母ちゃんの……か?」
と聞き、娘がそうだと答えると、その男の前に手をついて、
「生前の母が、大変お世話になりまして」
と礼を言うシーンが印象深い。その律義さのかもしだすユーモアが最高
だった。
実際の杉浦直樹は生涯独身だったが、その影に常につきそっていた
女性がおり、最期も彼女が看取ったという。上記シーンの演技が
素晴らしかったのも、そういう人間心理の艶っぽさがよくわかって
いたからかもしれない。
艶っぽい話と言えば、私がこの人の演技で、最も感心したのは、
実はそのような名シーンの演技ではない。1960年に松竹で撮った
『四万人の目撃者』(堀内真直監督)という作品における、
ある行為の演技である。この作品で、彼は矢後というプロ野球選手
を演ずるのだが、エース投手の試合中の急死で転がり込んだレギュラー
の座を疑われ、殺人の容疑者にされてしまう。その不安と、恋人の
阿い子(岡田茉莉子)がなかなか結婚に応じてくれないことで苦悩
する役だ。で、この矢後と阿い子が、やたらラブシーンを演じ、
濃厚なキスを交わす。日本映画のキスシーンは現在に至るまでも
ギコチないママゴトのようなものが多いが、この杉浦・岡田のキスは
日本映画史に残ると言って過言でない、濃厚でエロチックで、追い詰め
られた者同士の切迫感が伝わってくる、凄いキスだった。
ミステリ映画としては穴だらけであまり高評価できないのが残念な
作品なのだが、このキスシーンを見るだけでも価値はあると思う。
その他、『アイフル大作戦』でのトボけた二枚目南条京太郎や、
映画で小林桂樹が演じた『江分利満氏の優雅な生活』のNHKバージョン
など、さまざまな役のどれもが、役として、そして杉浦直樹本人の個性
として、記憶に残る。
2006年脳梗塞で倒れてリハビリにいそしんでいたが、9月21日、
肺癌で死去。79歳。報道によると最後の言葉が
「僕の人生、めでたしめでたし」
だったそうだ。こう自覚できる人生、うらやましく思う。
ご冥福を。