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2011年9月12日投稿

アメリカを体現した男 【訃報 クリフ・ロバートソン】

9月10日、老衰で死去。88歳。

30年ほど前、SFファンたちが集ると3回に1回くらいの割合で
出るのが
「しかし『まごころを君に』ってダサいタイトルだよなあ」
という話題だった。
「原作の『アルジャーノンに花束を』か、せめて原題の『チャーリー』
にできなかったものかね」
「日本の映画関係者のセンスの限界だね」
なんて言いあっていたものだ。
まさかその20年後、日本SF界を席巻したアニメの映画版に、そのダサい
タイトルが流用されて大ヒットするとは……。

その、元となった『まごころを君に』(1968)で主人公、
チャーリー・ゴードンを演じたのがクリフ・ロバートソン。
どの訃報記事にも、彼が主演した(そしてアカデミー賞を受賞した)
としか書いてないが、実はこの作品、ロバートソンは主演ばかり
でなく、制作も兼ねている。と、いうか、彼自身のプロダクション
『ロバートソン・アソシエーツ』(と、MGMの共同)作品なのである。
よほどこの役を演じたかったのであろう。アカデミー賞を勝ち取る熱演で
あったのもむべなるかな、なのである。

精薄児チャーリーは37歳だが、心は少年のまま、である。
あるとき、彼は脳の機能改善手術を受け、高い知能を得るに至る。
だが、それは必ずしも彼にとり、幸せなことではなかった……。
ラヴィ・シャンカールの音楽をバックに子供になりきって遊ぶ
チャーリーの姿が忘れられない。

それから34年、久しぶりに見た姿がちょっと老けていたのが悲しかった
『スパイダーマン』(2002)だったが、ロバートソン演じるベンおじさんは、
死ぬ間際に、甥のピーターに、与えられた力の正しい使い方、力を持った者の
責任を説いてカッコよく逝く。それは、同じく与えられた力の使い方を
知らなかった過去を持つ、チャーリー・ゴードンからの遺言、とわれわれ
観る方は受け止める。SF映画マニアであるサム・ライミならではの
キャスティングだった。

戦争映画大好きな人たちにとってロバートソンは『魚雷艇109』
(1963)でケネディ大統領の若き日を演じた人、あるいは
“裏ばなし『史上最大の作戦』”とも言うべき(実際、イリナ・デミック、
レッド・バトンズなど『史上〜』と俳優がかなりダブる)『渚のたたかい』
(1965)のバクスター軍装を演じた人、であるのだが、SF大好きな
人たちにとっては、上記チャーリー、そして『アウターリミッツ』の
記念すべき第一話『宇宙人現る』(1963)の主人公を演じた人物、
なのである。

ライミがスパイダーマンの続編、続々編でも、ベンおじさんの登場するシーンを
(回想なのに)ロバートソンに新たに演じさせていたのは、彼がそういう
マニアにとりイコンである存在だったからだ。

彼は『魚雷艇109』では日本人、『アウターリミッツ』では宇宙人、
という“異文化”と対決するわけだが、要するにロバートソンという
人はそういう連中と対峙するにふさわしい(対比がはっきりする)
よき代表的アメリカ人、というイメージの役者だったのだろう
(まあ、前者は単にケネディ大統領に似ていたということからの
キャスティングかもしれないが)。2枚目ではあるのだが、これ、
といった個性がないタイプであり、70年代に入って、クセのある
役者たちがどんどんスクリーンの中心になっていくあたりで、
ロバートソンの出番が少なくなっていったのも、これは仕方のない
ところだったかもしれない。70年代半ばにはTVムービーが活動
の中心となる。この時期、50〜60年代に活躍した多くの2枚目俳優が
消え去っていっている。

しかし、ロバートソンは決して消え去りはしなかった。
その、個性がないところが個性、という魅力がかえって輝きはじめた
のだ。それが、16年の歳月を隔てて母と娘の両方に恋をする男、
という役を演じたブライアン・デ・パルマの佳作『愛のメモリー』
(1976。原題は『Obsession』。どうしてロバートソン主演作はこう
邦題に恵まれないのであろうか)で開花する。

コケティッシュの国からコケティッシュを広めに来たような感じの
ジェヌビエーヴ・ビジョルド、クセモノの国からクセモノを広めにきた
ようなジョン・リスゴー(それでもまだこの頃はおとなしめだった)
にはさまれて、ロバートソンはこの、アーティフィシャル感満載な映画の
中で、夜光のようにその存在感を輝かせた。

もともと、ひねくれ者で定評のあるブライアン・デ・パルマである。
ひとつ間違うとおっそろしくインモラルなストーリィになってしまう
この話を(実際、デ・パルマはそのような展開も考えていたという)
救ったのは、主人公であるクリフ・ロバートソンの、アメリカ的良心
の結実のような、その存在であったと思う。ラストシーン、彼とビジョルド
の回りをカメラがぐるぐる回転する“カメラによるワルツ”は映画史上
に残る名シーンだろう。

なお、『魚雷艇109』で若き日のケネディを演じ、『最後の勝利者』
(1964)で大統領候補を演じたロバートソンを、映画評論家の
石上三登志氏は『地球のための紳士録』(1980)の中で
「本当にいずれ大統領にでもなるのかと思われたが、結局『コンドル』
(75)のごとくCIAどまりだったようである」
と評したが、ジョン・カーペンターの『エスケープ・フロム・L.A.』
(1996)で、ついにアメリカ合衆国大統領として登場した。
おお、上り詰めたか、という感慨があったものである。

良きアメリカを体現していた名優に、黙祷を。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa