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2011年8月30日投稿

いつもそこに“いた”声 【訃報 滝口順平】

29日、胃ガンで死去。80歳。

昭和35(1960)年に公開された新東宝映画で、『悪魔の囁き』(内川
清一郎監督)というミステリ映画がある。
短波無線機を使って人に指示を与えるトリックで、黒澤の『天国と地獄』
より8年も前に同様のアイデアを使っていた、ということで知られる作品
だが、つい先日、観て仰天したのはそのことではなく、無線機から流れる、
人を操るその声が滝口順平だった、ということであった。そうか、ドクロベエ
の十数年以前に、声だけで人に指令を与える役を演じていたのか(ちゃんと
タイトル・ロールに名前が出るので、少し期待していたら果たして、であった)。
もちろん、犯人は意外な人物、ということになっているのだが、見終ったあと、
その人物がマイクに向って滝口順平の物真似をしているシーンが頭に浮かんで
しまい、まっとうなミステリ映画としての評価がしにくくて困ったことで
あった。とはいえ、ラジオ東京(現TBSラジオ)放送劇団第1期生として
この役はまさに滝口順平にふさわしい。

ドクロベエ以降、悪党でもユーモラスなイメージが定着してしまったが、
それ以前は、上記『悪魔の囁き』のように徹底した悪人の声も演じた。
アニメ版『ルパン三世』(1971)の第一シリーズ第一話、『ルパンは燃え
ているか』でルパンの命をねらう犯罪組織・スコーピオンのボス。この回を
今見ると、かなりイントネーションや声質が誇張されて記憶されている
山田康雄や滝口順平が、こんなに抑えた演技をしているのか、と驚くこと
だろう。この記念すべき回に敬意を表してか、6年後に制作された第二シリーズ
でも、第一話にサイボーグとなって再登場している。

ルパンにおけるスコーピオンの演出は007シリーズをだいぶ意識しているが、
『007/ゴールドフィンガー』のテレビ放映版で悪役オーリック・ゴールド
フィンガー(ゲルト・フレーベ)を憎々しげに演じたのも第二シーズンとほぼ、
同時期。ボンド役の若山弦蔵とのやりとりはもう、吹き替え文化の黄金時代を
代表する絶品だった。

一度聞いたら忘れられない声、の代表格の人だが、さて最初に聞いたのは
どの役であったか。時代的には『まんが探偵局(ディック・トレーシー)』
(1961)のブル巡査部長だが、記憶に残ったのはやはり『ひょっこり
ひょうたん島』(1964〜69)のライオン君か。もっともこの役は、
滝口順平としてはかなりおとなしめの役であったように思う。次の人形劇
シリーズ『ネコジャラ市の11人』(1970)では、逆に大はじけ。
ライヤッチャ将軍という“宇宙人ノイローゼ”になった軍人を演じ、何かというと
「大変じゃ、宇宙人が攻めてくるぞい!」
と騒いでいた。ひょっとして、日本のテレビに登場した、初のUFOビリー
バーかもしれない。

洋画では『ファントマ』シリーズなどのルイ・ド・フィネス、『何がジェーン
に起こったか?』『七人の愚連隊』などでのヴィクター・ブオノ。家弓家正の
シナトラ、大塚周夫のピーター・フォークなどが揃った『七人の〜』も、
吹き替えマニアとしては絶対押さえておくべきだろう。そう言えば、テレビ版
『バットマン』のジョーカー(シーザー・ロメロ)も滝口順平だった(近年の
滝口氏からは想像できない早口芝居だった)が、同じシリーズに登場する
ブオノ演じるレギュラー悪役、キング・タットも滝口氏がやっていたっけかな?

歌もうまい人だった。タイムボカンシリーズは何と言ってもドクロベエさま
で有名だが、シリーズ第1作では悪人トリオにねらわれるオウム・ペラ助で
登場。『ペラ助のぼやき節』はコミック・ソングの佳作である。そうそう、
東映動画『空飛ぶゆうれい船』(1969)では劇中で流れるボアジュースの
CMソングで、歌だけの参加(!)だった。ぜいたくな使い方だったもの。

……嗚呼、追悼にも何にもなっていない、思い出を並べただけの駄文でしか
ない文章である。しかし、私の世代にとり、滝口氏の声は“いつも耳に聞こえ
てくる”声だった。それが突然、この世から消えるなど、信じられないので
ある。滝口順平の声がない日本など、どうしてもイメージできないのである。
追悼など出来やしない。

滝口氏は日本の吹き替え声優の第一号として語られることが多い。当時は
声優という職業の数は非常に限られており、数十人というレベルで、全ての
洋画からアニメ、そして番組ナレーションを担当していた。勢い、同じ声を
一日に何度も聞き、耳にしない日はない、という感じだった。どんな売れっ子
の俳優や歌手も、声優の声を認識する頻度にはかなわなかった。体への、
記憶の染み込みの度合が違うのである。声優の思い出を語ることは、私のような
の世代にとり、人生を語ることになる、と言っても過言でないかもしれない。

最近の声優は顔出しが当たり前だが、声の職業、というポリシーから、
ほとんどマスコミに顔を出すことのない人だった。『ヤッターマン』の
挿入歌『ドロンボーのシラーケッ』の歌詞で
「今日もまた声だけね」
というくだりがあるが、まさにその通りの存在だった。顔をあまり出さない
のは、耳から入るイメージには聞く人それぞれのものがあり、それを壊し
たくないから、という理由だったそうだ。これをしてプロ意識、という。

晩年の代表作は何と言っても『ぶらり途中下車の旅』のあのナレーションで
あろう(この番組の記念回では珍しく顔を出していた)。ここ数回、他の人が
担当していたので“もしや”という予感はあった。滝口氏はこの番組、旅人たち
が毎回おいしそうに食事をするシーンがあるのに自分はスタジオでの収録だけ
で、そういうものにありつけないのを残念がっていたそうである。
……天国までの旅は急ぐこともない。どうか、途中下車を繰り返し、ぶらりと
おいしい店などに立ち寄っていってください。

本当に長い間、ご苦労様でした。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa