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2010年10月22日投稿
第三の男 【訃報 ジャクソン・ギリス】
8月13日、肺炎で死去。93歳。モスクワで死去という英文記事を
読んで、ロシア旅行をしていたのかと思ったが、アイダホ州の
モスコウという街に住んでいたのだった。
1950年代からテレビの娯楽作品の脚本を書きまくっていた
アルチザン・ライターだったが、何と言っても『刑事コロンボ』の
メイン・ライターであり、そのキャラクター作りに多大な貢献を
したことで知られる。
今でこそテレビのミステリにおける最高傑作シリーズとされている
『刑事コロンボ』だが、放映当初はそのあまりのユニークさから、
このシリーズが長続きするとは誰も思っていなかった。
それは単発ドラマとして制作された第1作『殺人処方箋』が
30%近くの視聴率を稼ぎ出したにもかかわらず、次の作品
『死者の身代金』が制作されるまでに3年ものブランクがあった
ことでもわかるし、その『死者の身代金』も、シリーズ第1作
ではなく、あくまでその評判を見て……というパイロット版の
扱いだったことでもわかる。
おまけに、プロデューサーのリチャード・レビンソンとウィリアム・
リンクが局内試写でこの『死者の身代金』を脚本家組合の
メンバーに見せ、シリーズ化に際してのライターを募ったところ、
60人もの脚本家が試写室にいたにも関わらず、希望者はたったの2名
だったという。
その2名の中の一人が、ジャクソン・ギリスだった。
20年近いキャリアを持つベテランだったとはいえ、
それまで『スーパーマン』や『名犬ラッシー』、『ミッキー・
マウス・クラブ』、それに『宇宙家族ロビンソン』などといった
子供向けの番組を主な仕事場としていたギリスを本格ミステリ番組の
ライターに据えるのは勇気がいったと思うが、しかしレビンソンと
リンクが彼を起用したのは、やはり試写室での恩義に対するもの
ではなかったか。だから、そんな初期にライターとして名乗りを
あげたにも関わらず、ギリスの初脚本はシリーズが
始まってから4作目(『殺人処方箋』からだと6作目)と、
意外に遅い。
しかし、ギリスはレビンソンとリンクの期待に見事に応え、
シリーズ中最高傑作の評判の高い『二枚のドガの絵』でライター
デビューを果たす。証拠(刑事自身の指紋)のユニークさに加え、
悪あがきをする犯人(ロス・マーティン好演!)の目の前に
コロンボがダメ押しの証拠を呈示して、絶句する犯人と、それを
見つめるコロンボの表情がそのままラストになる、という
シャープさはその後のコロンボシリーズに大きな影響を及ぼした。
いまだにコロンボというとこの幕切れを思い出す人が多いのでは
あるまいか。
それ以降もギリスの関わった作品を見てみると、
『死の方程式』『ロンドンの傘』『断たれた音』など、
見た目のトリッキーさを主体にした作品が多い。専門的知識を必要
とする医学トリックをテレビドラマの枠の中で見事に表現した
『溶ける糸』もギリスがストーリー監修という名目で関わっている。
シリーズ中、一本だけ“倒叙もの”でない犯人あての異色作だった
『さらば提督』もギリスの作品である。子供向け番組で鍛えたギリスの
腕は、「わかりやすさ」と「絵のインパクト」を重視する、
という娯楽作品の基本を見事に押さえていたのである。
『断たれた音』で、チェス名人の犯人(ローレンス・ハーヴェイ)
が夢の中で、ライバル(ジャック・クルッシェン)の顔をした
巨大なチェスの駒に襲われ押しつぶされる、などというシーンは
オトナもののミステリ・ドラマの中のシーンとしてはやや
ダイレクトにすぎる表現なのではないかと思われるが、
しかし効果は抜群なのであった。
ギリスは自分が関わっていない回であっても会議に顔を出し、
コロンボのキャラクター作りに大いに貢献した。
コロンボ・シリーズのエンドロールではレビンソンとリンクが
“created by”として名前が出るが、ギリスこそ、コロンボの第3の
クリエイターであった。
しかし、コロンボシリーズはやがてミステリを超えて、
コロンボのキャラクターがミステリファンなどでないお茶の間
の女性や子供の人気まで博してしまい、シリーズ中期から“犯人の
人間性”を描くことをテーマにしたり、“コロンボと犯人の友情関係”
などというものまで取り入れるようになってくる。つまり、
“普通の”ドラマに近くなってくる。そうなると、純粋に犯人と
コロンボの知的ゲーム、という面での面白さを重視するギリスの
脚本はお派に合わないということになってくる。
謎解きよりも犯人心理を重視した第3シーズンの第1作『毒の
ある花』がいささかしまりのない失敗作だったのが如実に
そのあたりの様相を物語っていて、これ以降、プロデューサー
たち(第3シリーズ以降はそれまでのレビンソン&リンク、
ディーン・ハーグローブなど番組創設期からのメンバーに代わり
新顔のプロデューサーたちが大挙参入した)はギリスをメイン
ライターから外すようになる。彼がメインで脚本を書くのは、
なんと『毒のある花』から19作も間をあけた『さらば提督』で
あり、旧シリーズではそれが彼の最後の作品になる。
もちろん、シリーズ創設期からのライターであるギリスを
プロデューサーたちは粗略に扱わず、スーパーバイザー的地位
を与えて作品に関与させている。豪華客船上での殺人という
“絵的”要素満載の『歌声の消えた海』はギリスの原案だし、
上記“犯人とコロンボの友情”テーマでの最高傑作である
『別れのワイン』にもちゃんと参画しているのが憎い。
コロンボで頭角を表して以来、ギリスはテレビの刑事、探偵
ものにひっぱりだこになり、『FBI』『名探偵ジョーンズ』
『探偵キャノン』『探偵スヌープ姉妹』『刑事スタスキー&ハッチ』
などに脚本を提供しているが、やはり代表作となるとコロンボ
にとどめをさすだろう。
その後、ギリスは80年代の新コロンボシリーズにも
スタッフに名を連ねているが、かつてのキレは(彼にも、番組自体
にも)望むべくもなく、コロンボ以降のミステリものでの傑作と
言われる『ジェシカおばさんの事件簿』に2話ほど参加したり
単発ドラマを書いたりした後、96年に引退。アイダホ州の家で
静かな余生を過した。引退前の最後の仕事は『新スーパーマン』
の中の1エピソードの原案だったという。彼の出世作がモノクロ
時代のジョージ・リーブス主演の『スーパーマン』だったことを
思うと、見事に人生の終始を合わせた、と思えなくもない。
意外なことだが、これほどの才人にして、ギリスはエミー賞などの
賞を一度も受賞していない(コロンボで二回ほどノミネートされたが)。
無冠の帝王だったわけだが、それもまた、職人脚本家としての
彼にはふさわしいのかもしれない。
たぶん、私は死ぬまでコロンボを見返し続けるであろうし、
今後数百回は“written by Jackson Gillis”のエンドロールを
確認し続けることだろう。
今後ともよろしくおつきあいください。
黙祷。