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2010年10月22日投稿

シンボルだった男 【訃報・川本喜八郎】

アニメ界に訃報相次ぐ。
8月23日死去、85歳。46歳の今敏監督にくらべ長寿に
めぐまれた、とはいえその衝撃はやはり大きい。
なにしろイルジー・トルンカの直弟子である。
日本の人形アートシーン、アニメシーンのシンボルのような人だった。
その死はやはり大きな穴が業界に開いたことを意味する。

『道成寺』『火宅』といった、技術的にもテーマ的にも完成の極みを
見せた作品にはただ感服するしかない。しかし、私はその初々しい
挑戦が微笑ましい処女作『花折り』のユーモアが捨てがたい。
場面転換時に一瞬何とも言えない“間”があく、そのリズムが心地
よかった。

アニメ以外では『花王名人劇場』で見て衝撃を受けたパペットショー
が素晴らしく印象に残る。あの小気味よいギャグセンスが晩年の作品
にかいまみられれば、という思いが残る。いや、それは『いばら姫
またはねむり姫』のブラックなユーモアも認めはするが。

アニドウ時代、『三国志百態』写真集の発送の手伝いを、今は亡き
角川くんことツノちゃん(アニドウの先輩)の指揮のもと、徹夜で
作業したのもいまは昔。あのとき、まだ自分の仕事が後世に残ると
思っていなかったのだろうか、川本さんが撮影に使った人形を予約者に
抽選でプレゼント、という凄まじい気前のよさを発揮した。ただし、
デリケートな人形だけに郵送は出来ないので、こちらから車で運びます、
なんで都内在住者限定、という条件だった。発送作業中に
アニドウの事務所に、孔明が当たった女性から電話があった。
「あの、人形は郵送していただきたいのですが」
ツノちゃんが出て
「いや、郵送ではちょっと破損とかの恐れがあるので」
「あの、私、親から男性を家にあげてはいけないと言われて
おりますので、直接持ってこられると困るんです」
「だって、郵送したって運送の人は男性でしょう?」
「運送会社の人は信用できますから……」
さすが温厚なツノちゃんがふざけるな、と怒っていたが、あの孔明
人形はその後どうなったのかな。

川本さんが主賓のあるパーティで、でしゃばりの私の伯父がいきなり
美空ひばりの物真似を歌いはじめたことがあり、私は顔をしかめたが、
川本さんが手を打って喜んでくださり、何とか面目を保ったことが
あった。そのときは川本さんの気遣いかと思ったが、その後、
『いばら姫またはねむり姫』の完成披露パーティで岸田今日子さんに
私のことを“ほら、美空ひばりの声帯模写の小野栄一さんの甥御さん”
と紹介してくださり、あ、本当に好きだったんだ、ひばりが、と思った。

そのパーティの席で関係者から
「辻村ジュサブローさんの名前は決して出さないように」
と事前に釘をさされた。犬猿の中ということだったが、最後まで仲直り
はしなかったのだろうか。この二人の確執は、日本人形アートシーン
にとり大きな損失だったと思う。どちらも名前が似ているもので、
混同している文章もあり、成田山交道会のために川本さんが作った
ヤマトタケルの人形を“製作は川本喜八郎(辻村ジュサブロー)”と
書いてあるところがあった。怒るぞー。

三国志の街と言われる成都に旅行したとき、川本さんの三国志人形の
写真(それも『百態』からコピーしたもの)が売られていたのを
見て、しかもそれをツアーの日本人が買っているのを見て、
笑ってしまったことがある。たぶん、世界でこれから、
川本さんの関羽が、孔明がスタンダードになっていくのだろう。

背中一面に見事な彫物がほどこされていたことは有名。
恩師格であった飯沢匡氏(『ブーフーウー』などの児童番組を多く
手がけた劇作家だが、彫物研究でも知られた)の監修した
彫物の写真集にその写真がある、という噂だが、果たして本当か?
亡くなったとき、なみきたかしがほしがった、と言うが、これも
本当かどうか(笑)。

皮肉な話だが、社会主義政権の文化政策により予算をもらっていた
チェコはじめ東欧諸国のアニメスタジオはどこも壊滅寸前。
トルンカスタジオもBBCなどからの発注でどうにか余命を保って
いるという。川本氏の築き上げた日本の人形アニメシーンは、
CG全盛のこの時代、どうやって生き延びていくのだろうか。
シンボルとしての氏の消失が、伝統としてつなげていくパワー
を持ち得るかどうか、を問う形の死であったと思う。
一人の死ではない、文化的な欠損なのだ。

後に続く人たちに希望を託しつつ、ご冥福をお祈りする。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa