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2010年9月5日投稿

本能を満たした男 【訃報 梨元勝】

8月21日死去。65歳。
6月に肺ガンと診断されたばかりだった。

2ちゃん雀が彼のことを人のプライバシーとスキャンダルを
食い物にしたクズ呼ばわりしているのは目クソ鼻クソで笑止だが、
しかし最盛期の彼の存在はまさに、教養人ぶって気取っている我々に、
所詮あんたも他人の下半身事情が気になる下種な俗物なのだ、という
“事実”を突きつけるパワーがあった。

人間を他の動物と異なる人間たらしめたのが好奇心と社会性であると
するならば、まさに彼の天職(“芸能リポーター”というのは彼の
自称から創られた言葉である)である、“他人の寝室への好奇心の
充足”こそ、最も人間的であり、“人間”の欲求に応えるものだった。
寝室への好奇心というのは、サル山のボスの遺伝子が誰に引き継がれる
か、ということがサルたちの重大関心事であることから続く、われわれ
の本能にスリ込まれた情報欲求なのである。

社会という組織の中には必ず、他の人の嫌い、蔑視する作業に
従事する人間が必要となる。その多くが人間の生理に関連する
職業だ。食べる、排泄する、生殖する、といったことに関係する。
梨元氏の仕事を人の多くが蔑視したのも、それが畢竟、自分たちの
生理に関わるものだったからである。
“知りたがる”という生理に。

社会性動物であるわれわれ人間は、生物の本来の欲求である自由を
進化の段階で抑圧している。抑圧は必ず反発を生む。その反発を
ガス抜きすることが古来、権力者たちの仕事だった。
そういう意味で、梨元氏たちの仕事は、茶の間の庶民たちの
鬱屈を、セレブであるスターたちの醜聞をあばくことでガス抜き
する、社会の安定に極めて大切な、しかし蔑視されるべき職業であった。
いや、本来スターという立場の人間もまた、スキャンダルを庶民に
提供することで自らをより際立たせ輝かせる存在であった。
チャップリンが、美空ひばりが、生前どれだけのスキャンダルに
まみれながら伝説になっていったかを思うといい。

梨元氏の最盛期は、スキャンダルを提供する方、仲介する方、そして
受容する方という役割がきちんと成り立っていた。
それが必要なものだ、とみな、内心で了解していたからである。
ところが、やがてその関係が崩れ始めた。ジャニーズ事務所が、
「当事務所所属のタレントのスキャンダル報道はまかりならん」
と言い出したのである。
梨元氏はこれに反発して番組を降り、中央のマスコミから姿を消した。

なぜジャニーズ事務所が芸能界の慣習に反してスキャンダル封印
という方針をとったかと言えば、この事務所の扱うスターたちが
プロではない素人の、しかも未成年の男子が中心だったからである。
スキャンダルが芸能界という狭い地域社会からハミ出て、社会的
問題になりかねない(実際、なりかけたことも何度かあった)。
芸能人と一般人の、以前は被差別問題にまで関連して厳然とあった
線引きが崩れたとき、梨元氏の縄張りもまたなしくずしに消滅し、
彼はスキャンダル伝達者という役割を失った。芸能マスコミは死んだ。

国民はガス抜きの場所をテレビからネットへと切り替え、その対象を
スターから政治家や国家へと変えた。さらに無差別に、一般人で
あろうと誰であろうと、とにかく目立っている者を攻撃することで
鬱屈をエグゾーストすることを覚えた。
ネトウヨ、炎上ブログ、サイレントテロ、そういった存在や行為は
みな、かつてスターのスキャンダルに向けられていた発散行為が
対象を変えたものだ。

思えば梨元氏と芸能マスコミという存在が輝いていたときが、
最も社会が活気にあふれ、かつ安定を保てていた時代だったのかも
しれない。その時代は実にあっけなく崩壊し、遠くに去った。
そのあまりの早さと、梨元氏のガン告白から死去までのあまりの
早さも驚くほどのシンクロである。本当に、この業界の権化、
具現という存在だったのだなあ、と感嘆せざるを得ない。
その大きさを改めて考える。
冥福を祈る、といったって浄土にはいかれまい人だろうが、
それこそが梨元勝という人物の勲章だと思う。
黙祷。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa