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2010年9月5日投稿

気品の人 【訃報 南美江】

8月6日、死去。94歳。

『刑事コロンボ』はときおり、神業的な吹き替えキャスティングをする
ことがあるが、『死者のメッセージ』における犯人役、老ミステリ作家
アビゲイル・ミッチェル(演じるは『ローズマリーの赤ちゃん』で
アカデミー助演賞をとった名女優ルース・ゴードン)の吹き替えの
南美江は絶品だった。コロンボとの推理合戦が展開していくにつれ、
コロンボの心に、次第に彼女に対する敬意が芽生えてくる。
それは、互いにプロ同士としての敬意である。
これが、吹き替えの小池朝雄と南美江の間にたぶん、同じ感情が
生じていたことが、名優同士、台詞のやりとりでわかるのである。
この回の小池朝雄の台詞回しは、あきらかに他のときとは異る。
彼女の犯行動機は、愛する姪を事故にみせかけて殺した、その夫に対する
処罰であった。真相を指摘された後で、彼女は言う。
「姪の事件をあなたがやっていて下されば、こんなことはせずにすんだ
でしょうに」
コロンボシリーズ屈指の名セリフ。
下手に技巧的に言えばクサくてたまらなくなったであろうこの台詞を
南美江は自然な感情をもってふきかえ、余韻を残して『死者のメッセージ』
(とはいえこの邦題はひどい)は終る。

不勉強というか、この話の初見時には、私は南美江という女優さんの
顔を存じ上げなかった。それが強烈に印象付けられたのは、
やはりNHKの銀河テレビ小説『下町三人娘』(1986年)。
老優三人を組み合わせたヒット作として銀河テレビ小説には
西村晃・金子信雄・市村羽左衛門のトリオでの『やつらの戦い』が
あるが、そこでの三人のヒロイン役、高峰三枝子をスピンオフして
女優版老優トリオを結成したこの作品、高峰三枝子、北林谷栄、
そして南美江のトリオで、かつて仲良しだった元芸者の三人の老境
を描くというドラマ。

ここで南美江は男性のような短髪の、男言葉を使う、三人の中で
一番生き方が不器用な女性を演じていた。
何しろ北林谷栄、高峰三枝子と並べては、決して演技がうまい、と
いう印象が残るわけもない(実際、最もあぶなっかしかった)
のだが、女優、というイメージは最も強烈な、不思議な人だった。
それは、元宝塚の男役スターという、大舞台で脚光を浴びた人だけが
持つことの出来る輝きであったように思う。
三島由紀夫劇に似合った(『サド公爵夫人』で紀伊國屋演劇賞受賞)
のもむべなるかな。

『Wの悲劇』ではメジャー劇団の大御所女優。
貫録を以て三田佳子と対峙していた。
テレビ『大奥』では天英院(加賀まりこ)のお付の老女・綾小路。
吉宗を将軍にするために暗躍する影の実力者を演じていた。
とにかく、気品ある役、が似合う女優さんだった。
舞台ではあの『ガラスの仮面』で月影先生を演じている。
演技力や美しさでは、彼女以上の女優さんはいくらもいるし、
これからも出てくるだろう。だが、あの独自の気品、これは
彼女の天性のものだったし、真似の出来るものではないだろう。

最晩年は養護施設で過していたらしい。
孤独だったのかもしれない、とちょっと心痛むが、その孤高の
姿さえも、何となく気品あるエピソードに見えてしまうのだから
凄いと思う。
黙祷。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa