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2010年7月8日投稿

映画(『地獄の黙示録』)でも私生活でも泥沼だった男【訃報 デニス・ホッパー】

5月29日死去。74歳。
前立腺ガンが骨にまで転移し、余命いくばくもないことは本人も
認識していたようだ。最近はそういう場合は無理に延命をせず、
痛みだけを除去する加療を行なうので、苦しみはなかったものと
信じる。モルヒネ投与だろうか。一時はハリウッドのドラッグ使用者
と言えばホッパーが代名詞みたいなものだった。そこから彼は自力で
立ち直ったわけだが、人生の最期にまたドラッグのお世話になる
というのは皮肉なことだ、と苦笑していたかもしれない。
3月にはハリウッドの星(ハリウッド大通に名前つきのプレートが埋め
込まれる栄誉)が与えられ、ジャック・ニコルソンやデビッド・リンチが
かけつけてお祝いを述べた、という“いい話”が伝えられ、よかったと
思いながらも“この反逆児には似合わねえな、年取って善人になって
しまったかな“と思っていたら、死の床で5人目の妻に離婚訴訟を
起し、泥沼の係争が行われていたと聞いて、
「うん、それでこそホッパーらしい」
とうなづいてしまった。彼の5人の妻の中には歌手のミシェル・
フィリップスもいるが、彼女との結婚期間は8日間だった。

『イージー・ライダー』(69)は残念ながらリアルタイムでは見ておらず、
反逆児の名前だけが一人歩きしており、やっと公開時にリアルで
見たのは『地獄の黙示録』(79)。神話的構造を持ったこの映画の中で
ホッパーはもっとも現実的・世俗的な戦場カメラマンを演じており、
何か彼が出てくるとホッとしたのを覚えている。パンフレットには
”かつての問題児もおとなしくなってしまった“と書かれていた。
ドラッグでこの撮影の時はセリフもろくに覚えられない状態
だったらしい。

このまま身を持ち崩して終わりかな、と思っていたところで大逆転
ヒットを放ったのがデビッド・リンチの『ブルー・ベルベット』(86)
だった。それまでのヒッピー風イメージを一新し、一応きれいな
格好をしながらも、酸素吸入器をスーハー言わせながらイザベラ・
ロッセリーニを犯すその演技はまさに怪演と言ってよく、
『砂の惑星』でミソをつけたリンチと共に、ホッパーもこの映画で
見事復活を果たした。それも、怪優として。

それ以降の活躍はご承知の通り。以前のようにインデペンデント系
映画にも出演する他、金のために『ウォーターワールド』『スーパー
マリオ』といった娯楽作品(大抵はひどい映画)にも出演したが、
しかしホッパーの出演シーンのみは面白く、まあ彼を見られたから
入場料のモトはとったか、と思わせるのだから大したものだった。
そして、そんな作品の中でも『スピード』(94)のような、後の悪役
俳優たちがこれにハリ合うことを要求されるくらい、悪役演技のハードルを
上げてしまった超テンションの傑作があるのだから凄い。

日本ではツムラの入浴剤の”アヒルちゃ〜ん“が有名だが、あれも
かなりギャラが高かったそうだ。彼はそうやって稼いだ金で
趣味の現代アートを買いまくり、そっちの分野でも一家言持つ人物
になった。人間、ドラッグでキャリアの15年を無駄にしても
ちゃんと取り戻すことが出来るという好例である。

冥福はたぶんすまいと思われる人間ではあるが、ともかくも
まだ数年は頑張れる年齢だっただけに残念。
黙祷。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa