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同人誌

2010年5月26日投稿

アニソンからフォーク、GS、演歌まで【訃報 吉岡治】

5月16日ロニー・ジェームス・ディオ死去、同日ハンク・
ジョーンズ死去、さらに17日に吉岡治死去。音楽界での巨星の
訃報相次ぐ。

吉岡は『天城越え』『大阪しぐれ』『さざんかの宿』などという
演歌系の作詞で知られる人だが、後に述べるようにGS風のものも
作詞すれば、フォーク調のものでも代表作があり、アニソンでは
『悟空の大冒険』はじめ『キャプテン翼』『まんがはじめて物語』、
特ソンでは『光速エスパー』『魔神バンダー』など、隠れた名曲
の作詞を担当している。もともとはサトウハチロー門下で、あの
『冗談音楽』の台本作家から業界に入ったというから、『悟空の
大冒険』のエンディング、『悟空が好き好き』のシャレっ気も
さてこそと理解できるが、それにしてもその幅の広さは驚く他ない。

女の不幸な情念を歌った演歌の歌詞と対照的にアニソンの方では
ぶっとんだ歌詞で知られ、加わっていた『冗談音楽』グループの
リーダー、三木鶏郎が『鉄人28号』の作詞で“ダダダダーン”
“ババババーン”と擬音を多用していた影響か、自分もアニソン
特ソンではかなりはっちゃけて、『魔神バンダー』で
“ガガガガガーン”“ボボボボボーン”“ズズズズズーン”、
『光速エスパー』で“バババババビューン”“ビビビビビビーン”、
『悟空の大冒険』で“カーッとなったらカッカッカ”“ボーッと
いったらポッポッポ”と、派手な擬音を多用する人だった。
一見手抜きに見えるが、擬音というのはなかなか使うのに勇気が
いる。“♪ビビビビビビーンと誰か呼ぶ”なんて、書こうとしたって
なかなか書ける歌詞じゃないですぜ。

ひさしぶりにアニソンを手がけた『キャプテン翼』の主題歌
『冬のライオン』では“storm storm storm”の繰り返しが
この擬音の効果を出していたし、『燃えてヒーロー』は……全編、
擬音なみに意味がない歌詞だった(“あいつのウワサでチャンバもも
走る”の“チャンバ”の謎はついに語られずに終ったようだ)。

一方で、一般向けの歌謡曲の歌詞にも、謎の多いものを
書く人だった。当時演歌系の歌手になっていた美空ひばりに、
グループサウンズ全盛の世情に合わせて『真っ赤な太陽』を作詞
し与えたのも吉岡である。
「真っ赤に燃えた太陽だから真夏の海は恋の季節なの」
という、“だから”でつながってないじゃん、というインパクト
重視の歌詞だと見せて
「はげしい愛に灼けた素肌は燃えるこころ恋のときめき忘れず残すため」
と、刹那の恋の記憶が日焼けの痛みと共に夏が終わったあとも
残る(から、恋の季節なのであり真っ赤に燃える太陽が必要
なのだ)と極めてきちんと説明される。
実はこの人の歌はかなり論理的なのである。
論理的だからこそ、謎が多いのかもしれない。

吉岡の最高傑作、いや日本演歌史上の最高傑作であろう
『天城越え』にしろ、
「だれかに盗られるくらいなら あなたを殺していいですか」
という情念の塊みたいな歌詞でギョッとさせておいて、そのあと
セックスを暗示させる言葉を連ね、まあ、結局男女はこれで
おさまるものさ、などと安心しているといきなり2番で
「刺さったまんまの割れガラス」
などという仰天するような言葉が前後の脈絡なくはさまり、一番の
「何があってももういいの」
が二番では
「戻れなくてももういいの」
と、一線をこの女性が越えてしまったことを暗示する。
考えて見ればこの歌は紅白のトリを何度もつとめているが、
こんな恐ろしい歌を聴いてわれわれは年越しをしていたのである。

吉岡の歌で私が一番愛唱しているのはフォークソングとして
作られた『真夜中のギター』だが、これも、単なる失恋の歌では
なく、発表当時(昭和44年)の東大紛争などによる思想的ザセツ
を歌ったように“読み取る”ことが可能な歌だ。

いや、作詞した吉岡にそのような意図はなかったかもしれないが、
歌詞はその思惑を超えて、同じ時代、同じ挫折を生きた若者たちの
共有財産となった。戦いに敗れたもの同士の、隠れた連帯の意味を
彼らがこの歌に封じ込めたのであるのならば、まだそんな年齢にも
至ってなかった当時の私が気になって仕方がなかった、この歌の歌詞の
視点の定まらなさ(最初は明らかにギターを聞いている方が歌って
いたのが、最後の“ここへおいでよ……”からが、まるでギターを
弾いている方の言葉のように聞こえる)もちゃんと理屈が
通るのである。

なぜ吉岡はこう、二重、三重に意味をとれるような、
複雑な歌詞を好んで書いたのか。
その謎をどこかで聞けたらな、と思いつつ、機会がないまま
訃報に接した。76歳。まだまだの年齢である。
冥福をお祈りする。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa