同人誌
2010年5月26日投稿
お婆ちゃんを演じた女 【訃報 北林谷栄】
佐藤慶とダブルパンチはきつい!
『ビルマの竪琴』で唯一、新旧両作同じ役(原住民の老婆)を
やっていたっけ。その間に29年の年月が過ぎているが、
どちらもまことに自然な老婆であった。
つまりは、若い頃から老け役だったのである。
40代から、役名が“お婆ちゃん”というような作品がずらり、
だった。今井正の『喜劇にっぽんのお婆ぁちゃん』(1962)
にはミヤコ蝶々をはじめ飯田蝶子、北林谷栄、東山千栄子と
お婆ちゃん役者が勢ぞろいしていたが、その中ではミヤコ蝶々
に続いて二番目に若い。
つまり、彼女の老婆役は、勉強し、努力して作った演技に
より成立していたのである。
ロリコンといわれながら実は年寄りも大好きな宮崎駿監督は
自作の声によくお婆ちゃん女優を使うが、北林谷栄も
『となりのトトロ』でお婆ちゃん役を演じている。
日曜劇場などではいいお婆ちゃんが持ち役だったが、それでも
『鬼平犯科帳』のお熊など
「俺に会いたいというのは女か」
「はあ、女……というか、もと女、という感じですが」
などと言われていたグレ老婆を楽しそうに演じていたし、
映画だと『華麗なる一族』の佐橋総理夫人。
露骨に当時歳に似合わぬミニスカートなどを履いてマスコミの
格好の揶揄記事の材料にされていた佐藤総理の寛子夫人に
そっくりなメイクをして、西陣織の作業場を見学して、
「日本の伝統を守ってくださいマセ」
と極めて慇懃に言う(本人は嫌味のつもりではないが、何故か
上から目線に聞こえる)ような役を、嫌味一歩“先”(手前ではない)
で演じていた(ウィキペディアには台詞は“あっ、そう”のひと言だけ、
と書いてあるが実は三言ある)。
そして、本人の演技史の中でも一番の怪演が吸血鬼映画でおなじみ、
山本廸夫監督の『悪魔が呼んでいる』。
あえてどういう役かは書かないが、ラスト、一人部屋に残った彼女
が、狂ったのかそれとも嬉しいのか、ずっとつぶやきつづける
「オ金ハミンナ、ワタシノモノヨ」
という台詞は、映画を観た物好きたちが全員、映画館を出ながら
つぶやいたであろう怪台詞であった。
単なる“お婆ちゃん女優”ではなかったのである。
岡本喜八は『大誘拐』を撮るとき、北林谷栄が動脈瘤破裂
という大病の後で体調がすぐれず、クランクインできないという
事態に、役者を変えましょうとスタッフが勧めても、
「この役は北林さん以外、出来る人がいない」
と、映画の製作自体を、彼女の健康が回復するまで延ばした。
大変な決断だったと思うが、岡本監督は幸いだった。
待てば北林谷栄は撮影現場に帰ってきた。
そして、日本アカデミー賞最優秀女優賞をとる名演を見せてくれた。
もう、待っても彼女は帰ってこない。
日本映画にとって、それがどれだけの損失か。
冥福を祈る。
祈っても祈り切れないが。