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同人誌

2010年4月26日投稿

女にズボンを履かせた男(訃報 ロバート・カルプ)

イギリス製のへんてこな西部劇(アフタヌーンティー・ウェスタンとでも
言うか)『女ガンマン 皆殺しのメロディ』(1971)で、
無法者三人兄弟(アーネスト・ボーグナイン、ストローザー・マーティン、
ジャック・イーラムの濃い顔トリオ)に夫を惨殺、自分は輪姦された美貌の妻
(ラクエル・ウェルチ)が復讐の旅に出る。そこで出会った初老の賞金稼ぎ
プライス。ひょろりとした長身に馬面、しかも普通の馬面は下に長いが、
この男の場合は上に長い。つまり、おでこのやたら上に広い長頭型。
西部に似合わぬ草食系な体型・面相の上に、ガンマンとも思えぬ金縁の
インテリメガネときた。この賞金稼ぎプライス役を演じたのがロバート・
カルプ。

こいつも自分をねらうのか、とウェルチがライフルをかまえるが、さすが
ベテランのガンマン、いとも簡単にその銃を奪い取ると、弾を全部抜いて
危ないことをするもんじゃない、とちょっと気取って彼女に返す。
ところがウェルチ、その返された空の銃を逆手に持つや、カルプの後頭部
をいきなりガツン。カルプ、グウとも言わずにノックダウン。
いささか頼りないところで安心されたのか、これからこの二人、師弟と
なって旅をするのだが、そこまでのウェルチは、強姦されて家を燃やされ、
身ひとつで逃げてきたわけで、全裸の上にポンチョ一枚という姿。
見兼ねたカルプ、運んでいた賞金首の遺体からズボンを脱がして、
「これを履け。動物じゃないんだ、そんな格好でいるな」
と渡す。およそ映画史における最大の暴挙であり、封切時、映画館で
観ていた男性客からは一斉に怨嗟の声が上がった……で、あろうと思う。

この映画、監督のバート・ケネディのアイデアだろうが敵側にいかにも
西部劇顔、といったボーグナインやイーラムを置き、味方側には
ウェルチはじめカルプ、そしてクリストファー・リーなど、わざと西部劇
に似合わないキャラクターの俳優たちをキャスティングしている。
しかり、ロバート・カルプに西部は似合わない。ひげ面も似合わない。
あくまでも彼はスマートに都会的に、アスファルト・ジャングルを
生きるような役が似合っている。

カルプの監督・主演になる(脚本はウォルター・ヒル!)『殺人者に
ラブ・ソングを』(1972)はまさに彼がやりたい放題をやったという
全編スタイリッシュで都会的な(いささかやりすぎな感があるまでな)
作品であったが、ガンマニアの彼の面目躍如、その44マグナムの
かまえ方は、後に主流になったダーティーハリー風のかまえ方とは
一味違ったカッコよさであった。ハリー・キャラハンは両足を開いて
どっしりと下半身を安定させて真っすぐ正面にかまえる。対して、
カルプが演じたフランク・ボッグスは片足を一歩前に出し、やや体勢を
斜にしてかまえる。このポーズは、賞金稼ぎプライスがウェルチに教えた
セリフによれば、“相手もこっちを狙ってるんだ。片足を一歩前に出して
身体を斜めにしろ”……要するに、敵の銃の前にさらす自分の体の
面積を少なくしろ、ということで、理にかなっているのである。
このセリフはカルプのつけたオリジナルなのだろう。
ただし、その後、ダーティーハリー風の正面向き構えばかりが
広まったのは、このカルプ風の構え方、カルプ並に足がヒョロリと
長くないとどうにも決まらないのである。

都会派で草食系。このカルプのキャラクターが最も出たのが、
才人ポール・マザースキーが監督した新感覚セックス・コメディ、
『ボブとキャロルとテッドとアリス』(1969)。
80年代ニューエイジの先駆けのようなカルト心理療法にハマった
知識人夫婦二組が、夫婦のような狭い絆に縛られていてはいけない、
愛情は分かち合わなくては! という思想のもと、夫婦交換を
して古い世間のしがらみから逃れてハッピー、という(これを肯定的
に描いているのですね)能天気な話で、最初、妻(ナタリー・ウッド)
が浮気したと聞いてヒスを起すのに、上記のような説得にすぐ
“そうだね、君はボクを嫌いになったんじゃない、ただ別の男とセックス
しただけだ!”と納得してしまうという、へんてこな亭主を演じていたが、
これもロバート・カルプが演じると、妙に成立してしまうんであった。

もともと、映画畑というよりは人気シリーズ『アイ・スパイ』で
地歩を築いたテレビの人。その後のカルプで最も印象的なのは、やはり
『刑事コロンボ』の犯人役だろう。チビ・短足のコロンボの対照的な
相手役として絵になるせいか、『指輪の爪あと』『アリバイのダイヤル』
『意識の下の映像』と、3本も犯人役をつとめている(これは70年代の
旧コロンボ・シリーズではジャック・キャシディと並び最多出演
だったが、後に90年代の新シリーズ2本を含め4本で犯人役を
やったパトリック・マクグーハンに抜かされた)。
どれも佳作であるが、ことに現在では否定されているサブリミナル効果
をアリバイ・トリックに使った『意識の下の映像』は、言わば反則技な
だけに視聴者に強烈な印象を残し、後にTBSがオウム真理教関連番組
の中で麻原彰晃の画像をサブリミナル的に挿入して問題になったりした
のも、みんなロバート・カルプがサブリミナル映像は効果がある、と
日本人に広めたからだ、と私は思っている。ただ、サブリミナルを
犯罪トリックに使うのも反則だが、広告心理学者が、被害者の心臓を
一発で射ぬいて命を奪う(時間的に数発撃ってとどめをさす余裕は無い)
ほどの銃の名手だというのもこれは反則のように思えてならない。
この殺害手段が不自然に思えないのは、銃を撃ったのがロバート・カルプ
なのだから、それくらいの腕を持っていてアタリマエ、という、
視聴者の先入観を見事に操ったトリックなのではないか、と
思うんである。

とにかく足の長さと立ち姿が決まる、カッコいい俳優であった。
3月24日、ロサンゼルスにある自宅の近くを散歩中に転び、
頭を打って死去、79歳。歳をとって、自前の長い足が
からまったのだろうか。
冥福を祈る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa