同人誌
2010年4月26日投稿
金と女を描いた男(訃報 清水一行)
3月15日没。
どの訃報も『動脈列島』とか『虚業集団』のことしか書かないし、
何とウィキペディアにも(訃報日現在)経済小説家としての経歴しか
書いてないけれど、この人、経済小説と同等の比重で、ポルノ小説も
書いていたのである。しかも、かなりの名手であった。そっちを
閑却する、いや無視するのは片手落ちであるばかりでなく、
職業差別ではないのか。
『動脈列島』が映画化された企業小説の代表なら、映画化されたポルノ
小説の代表が『女教師』。名匠・田中登のメガホンになるこの作品、
後に多出する女教師ものの元祖であるばかりでなく、永島瑛子、
古尾谷雅人という新人を世に出した記念すべき作であり、間違いなく
日本映画における傑作の一本である。
普通はポルノ小説でデビューし、やがて経済小説へ、というような
人生行路を想像するだろうが、実は清水氏はデビューが兜町を描いた
『小説 兜町(しま)』。それから次々とその分野での傑作、さらに
『動脈列島』のような社会派サスペンスを描き、それと平行するように
多くのポルノ小説を執筆し続けた。
それは、長期の取材を必要とする経済小説の合間の息抜きだったの
だろうか。いや、人間を動かしている根本にあるものは金とセックスだ、
という信念があったのではなかろうか。
その二つを合わせて作品にしたのが、80年代末バブルの象徴的な
人物、尾上縫(料亭の女将で、株式の天才と言われ、6000億の
資産を築き上げたがバブル崩壊で破産し、定期預金証書を偽造して
2兆円の融資を集め、逮捕された)を描いた作品『女帝 尾上縫』。
見事に金とセックスに溺れる人間の姿を描いて実に面白かった。
同じ経済小説でも城山三郎は通俗に堕することを嫌って性のことな
どはあまり描かず、清水一行は遠慮会釈なく取り入れた。文学性と
しては城山作品の方が優れているだろうが、欲望の渦の中で
ギラギラしている人間の本質を描いた迫力に関しては、清水一行の
方が上だったように思う。それは、例えば横井英樹を描いた城山
の『乗っ取り』と、上記の『女帝』の尾上縫の、どちらが面白い
キャラクターになり得ているか、を見ればあきらかであるように
思うのである。
79歳。老衰ということだが、今日び79で老衰というのは若すぎる
だろう。執筆に全霊を注ぎ込んだのだろうと思う。黙祷。