同人誌
2010年3月16日投稿
使命を遂行した男(訃報 ピーター・グレイブス)
洋モノテレビ番組史上、最高傑作のテーマ曲と言えばこの
『スパイ大作戦』がまず、有力候補トップとなるのではあるまいか。
作曲は『燃えよドラゴン』なども手がけたラロ・シフリン。
http://www.youtube.com/watch?v=xow9D_JijU8
上の映像を見て、あれ、主人公がピーター・グレイブスではない、と
驚いた人もいるかもしれない。そう、彼は実は二代目の主人公だったのである。
第一シーズン主役のスティーブン・ヒルも大人気だったのだが、敬虔な
ユダヤ教徒だったため、金曜日(ユダヤ教の安息日)に働くことを拒否、
結局降板させられてしまい、グレイブスに白羽の矢が立った(降ろされた
スティーブン・ヒルは90年代になって『ロー&オーダー』の地方検事役で
人気を得るが、やはり金曜日は働かなかったんだろうか)。
「例によって、君、もしくは君のメンバーが捕えられ、或いは殺されても、
当局は一切関知しないからそのつもりで」
という指令のテープレコーダーの声(大平透)のクールさが、放映時(昭和
42年)、高度経済成長期の日本の“ビジネスライクこそ善”の風潮にマッチ
し、さらにはその“当局”なる組織がどこのどのような組織であるのかという
肝心な部分は一切不明、というあたりが、複雑な会社機構の中の歯車の
ひとつに過ぎないサラリーマン身分の悲しさに重ね合わされて、時代を
代表するドラマになった。
つまり、主役の個性におぶさるドラマでなかったことが、主役交代を
容易にさせたわけだ(例えば『刑事コロンボ』を、ピーター・フォークから
替えて番組を続けるなど考えられもしない)。
ピーター・グレイブスの、適度な個性の薄さはこういうニーズにピッタリ
だったのかもしれない。実際、テレビを見ながら
「全然スターらしくない地味な顔だなあ」
と思っていた。脇のランドーやニモイの顔が濃すぎたのかもしれないが
(あと、交代前も交代後も声が若山弦蔵で変わらなかったことも大きい。
ちなみに、変装の名人役がマーティン・ランドーからレナード・ニモイに
変わったときも、声が納谷悟朗で変わらなかった)。
本名ピーター・アーネス。実兄が『ガンスモーク』のジェームズ・アーネス。
兄弟そろってテレビの大ヒット作で主役をやっているというのが凄いが、
もし兄が先にテレビ界入りしていなければ、こういう職業を選んだだろうか。
兄はジョン・ウェインを面長にしたような、スターっぽいご面相である。
映画界入りしてしばらくはB級もの専門。かの有名なピンポン目玉の
宇宙人が登場する『宇宙からの殺人者』(1953)にも主演している。
http://www.youtube.com/watch?v=_v-_qiTfx5s
その他出演作品は山のようにあるし、中にはチャールズ・ロートン監督の
『狩人の夜』のような名作もあるのだが、さてどこに出てきたか、と
言われると印象は極めて薄い。もし、『スパイ大作戦』の代役主演の話が
なければ、売れない俳優で終ってしまった可能性大、なのではなかろうか。
結果的に彼はその地味さを逆に活かして名演技のハマり役にまで
この役を育てたわけだが。
運命というのはわからない。
ちなみに、トム・クルーズ主演のリメイク作はタイトルを原題のまま
『ミッション・インポッシブル』としていたが、これは映画配給会社が馬鹿
である。『スパイ大作戦』の方がどれだけ優れたタイトルかわからない。
放映当時、宍戸錠がこのタイトルの意味のない大げささこそ娯楽作品の
神髄、と大絶賛していたっけ。また、この邦題に
「彼らはプロフェッショナルなだけで、スパイじゃない」
と文句をつけていた評論家がいたが、本家アメリカでも、彼らは
スパイと見なされていたようだ。
ミッキー・マウスがホストを勤めたテレビアニメ『ハウス・オブ・マウス』
の中の1編『街で最大の秘密(Clarabelle's Big Secret)』の中で
「How to Be a Spy」のナレーターの声をやっていたのは、
このピーター・グレイブスなのであった。
もちろん、楽屋オチである。
14日死去、83歳。家族と食事をして帰宅する途中の突然の死であったという。
黙祷。