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同人誌

2010年3月7日投稿

押しつぶされた男(訃報 マーチン・ベンソン)

シャム王(ユル・ブリンナー)の家の家庭教師としてイギリスから招かれた
アンナ夫人(デボラ・カー)。その息子がシャムの王宮に向う途中、
出迎えの大臣一行を見て、びっくりして叫ぶ。
「大臣は、裸だよ!」
……言うまでもなく『王様と私』の冒頭シーンだが、その裸の大臣、
クララホームを演じたのが俳優マーチン・ベンソン。
もちろん、シャム人ではなく、生粋のイギリス人である。
ただし、顔が濃い。太い眉毛、ぎょろりとした目。
わが国の高松英郎にかなり似たご面相で、英米人にとってはよほど
エキゾチズムを感じさせる顔なのだろうか、何故かよく気がつくのは
外国人役である。『クレオパトラ』ではエジプト人、『ザ・メッセージ』
ではアラブ人、『オーメン』ではイタリア人神父、『暗闇でドッキリ』
ではフランス人、といってもこの映画は全員がそうだが、なんと
『Battle Beneath the Earth』ではアメリカ侵略をたくらむ
中国人の将軍役までやっている。

『怪獣ゴルゴ』ではゴルゴを見世物にする興行師、ドーキン。
太い眉毛をさらに描き足して、気障な口ひげ、べったりとなで付けた
髪の毛などはイタリア系なのだろう。
「巨大な怪獣ですよ、ごらんなさい。……奥さん、旦那さんと
比べたいですか。どうぞどうぞ」
などという呼び込み文句は、怪獣映画につきものの興行師役としても
元祖『キングコング』のロバート・アームストロング、わが国の『モスラ』
のジェリー伊藤と比べてもかなり俗っぽい。

『王様と私』の次に有名なのは『007/ゴールドフィンガー』で、
ゴールドフィンガーのフォート・ノックス襲撃計画のための
レーザーの密輸に協力するアメリカ・ギャングのミスター・ソロ。
他のギャングたちが金につられて計画に賛成する中、ひとりだけ
反対して、報酬の金塊を手にゴールドフィンガーのもとを去るが、
空港に送られる途中ハロルド坂田に殺され、自動車(リンカーン!)
ごと廃車プレス機で押しつぶされて鉄の固まりにされてしまう。
運ばれてきたその固まりを見てゴールドフィンガー曰く
「ボンド君失礼するよ、ソロ君から金をより分けないとならんのでな」
……考えて見ればそんな面倒くさいことしないでも、殺した死体を
どこかに放棄してしまえばすむだけの話なのだが、007の世界観
の中では、悪人は常に一般人の考えも及ばないことをしでかさなくては
ならず、この、死体ごとの圧縮プレスはその代表例であったのだ。
そして、こんなリアリティのないプロットを、観客に納得させて
しまえたのは、ハロルド坂田、マーチン・ベンソン、そしてゴールド
フィンガー役のゲルト・フレーベという、“濃い”顔の俳優たちが
大真面目にその役を演じていたが故、なのであった。
今の映画がいかにSFXの技術を向上させ、大金をかけても、
何故かいまいち印象が薄い感じがするのは、こういう顔の俳優が
少なくなったせい、ではなかろうか。

2月28日死去、91歳。老衰による、睡眠中の安楽な死であったと
いう。黙祷。

(写真右)探したらこんなミニカーがあった。
廃車プレス機で押しつぶされて金塊とソロの死体入りになった
リンカーンを乗せたトラック(笑)。
フォード・ファルコンのランチェロだそうだ。

ちなみに、このシーンがあまりに有名になり、端役だったはずの
ソロの名が知られるようになったので、007シリーズの原作者、
イアン・フレミングが原案のスパイものテレビ・シリーズは、
主人公の名前をタイトルに使えなくなった。もちろん、
そのシリーズは『0011/ナポレオン・ソロ』、アメリカでの
タイトルは『アンクルから来た男(The Man from U.N.C.L.E.)』
である。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa